第8話 殿下の浅慮を事前に阻止せよ!
ローラに怖気づいたせいで、もうこのまま話しかけてこないのではと思っていた。
これは紛れも無い本心であり、盛大な嫌味である。
「よくもこんな公衆の面前で、ローラが居るグループに話しかける事が出来たよね」とか、「よくも私がまだエレノアの件を許してないって分かってて、謝罪前のこの状態で私たちが揃い踏みの中に顔を出せたよね」とか。
そんなアレコレがない交ぜにになり出たその皮肉は、少なからず彼に精神的打撃を与えたようである。
まぁ今回は少なからずお願いしている立場だという事を理解していて、相手が自分にも容赦なく物申す事がデフォルトの私で、実際ここで機嫌を損ねたりしたら何の躊躇もなくこの件から手を引くだろうと分かっていて。
だから何も言わないし、どうやら言えないみたいだけど。
そして私も、まるでボディーブローを受けたかの様な殿下の顔で仕方がなく留飲を下げる。
実際彼は王太子で、もし個人的な感情があるにしてもその立場の人間が公の場で一貴族に頭を下げるなんてしてはならない事だという事は、私だって分かってる。
まぁ「だったらせめてエレノアくらいには事前に謝罪しとけよ」と思わないでもないけれど、それは今言っても仕方がない。
後でじっくり話すとして、とりあえず脇に避けておく。
しかし意外だったのは、こういう物言いをしたのにレイが噛みついて来なかった事だ。
今日も相変わらずまるで殿下にしな垂れかかるようにして腕を組んでいる、彼の想い人・レイ。
彼女の事をチラリと見れば、私を射殺さんばかりの視線がかち合ったが、それでもまだ口を開く気配は無い。
(レイにも自制心があったのか、それとも殿下が頑張って宥めたのか)
そう思ったが、次の瞬間ひどく簡単に謎が解けた。
(……あぁ、モノで釣ったのか)
彼女の首元で燦然と輝く宝石のネックレスを見て。
初見のその宝石は、どう考えてもクリノア子爵家が買えるとは思えない代物だ。
ほぼ間違いなく殿下がプレゼントしたのだろう。
(確かに彼女相手なら、あぁいうプレゼントをした上で「俺たちの将来が掛かっている日だ、今日はどうか堪えてくれ」と頼む事で私への反発心を少なくとも言葉にする可能性は減らす事が可能だろうけど)
が、前回あぁだった彼女である。
一体どこまで耐えられるのかは定かではない。
特に、公の場で殿下に堂々とエスコートされ、さも既に自分が彼の婚約者になったかのような振る舞いをする彼女なのだし。
(どちらにしろ、あまり期待は出来そうにない。まぁ別に、もし噛みついてきたところでこっちが痛手を負う……なんて事も無いと思うけど)
そんな風に独り言ちながら、私はレイの存在には特に触れずに殿下にこう言う。
「それにしても先ほどの入場、どうやら私の忠告を聞いてくださったようでちょっと安心しましたわ」
入場。
たったのその一言だけで、彼はどうやら何を聞かれているのかを的確に察したようだった。
そして少し口を尖らせ、こんな風に抗議してくる。
「それはだって、しょうがないだろ。シシリー嬢が『コレは既に作戦の範囲内なのだ』などと言うんだから」
「あらそれは、覚えてくださっていて光栄ですわ」
ホホホホホと笑いながら、内心では「自分の為なんだから不服がるなよ」と考える。
しかしコレばっかりは、私の指摘を覚えていてくれて、それを実行してくれて本当に良かったなと思う。
というのも実はこの殿下、王族主催のこのパーティーで皆の注目が集まる入場の時に、事もあろうにレイを伴うつもり満々だった。
その愚行を止めたのが、誰でもない私である。
「殿下、それはお止めなさい」
「何を言う! レイは俺が既に心に決めた正妃だぞ?! それを伴うのは最早当たり前ではないか!」
彼のその物言いに、私は思わず「浅慮にも程があるぞ」と空を仰ぎ見る事になった。
「しかしレイさんの事はまだ、陛下からは承認をいただけていないのでしょう?」
だからこそ私に「彼女を正妃に押し上げるための手伝いを」などと言ってきた筈である。
そう言えば、彼は「しかし」と反論してくる。
「しかし王族主催のパーティーで、ホストの入場に目を向けない者など居ない。そんな場で、本来ならば婚約者でなければ許されない位置に彼女が居る事を見せたなら、俺の本気を周りに知らしめる事が出来るではないか!」
「はぁ、全く……そこまで分かっていて体たらく」
何故止められるのか分からない。
そんな彼に、今貴方が言った言葉こそが理由だと私は言い返す。
「貴方は先日の婚約破棄の一件で、既に陛下の決定に背いたのです。しかも勝手に騒動を起こし、事を大きくした上で。それに関してつい先ほど後悔の念を述べていた殿下が、また陛下の決定の有無を蔑ろにするんですか?」
その声で、彼がやっとハッとする。
「その行いは、ただの強行でしかありません。レイさんへの風当たりがますます強くなる事はあっても、今のこの現状では好転する事など決して無いと思います」
そうなってしまえば、いくら私が手を貸したところでもうどうにもなりません。
そんな風に匙を投げるような言葉を告げたところ、どうやら彼も流石に「それはマズイ」と思ったらしい。
グッと押し黙り、最終的には「分かった」と言ったのだった。
因みにその時、隣のレイは自分の殿下との入場シーンを却下された事で私を睨みつけていた。
本当に殿下を未来の夫にするつもりなら自分よりも殿下の立場を慮って然るべきだと思うのだが、彼女にはどうやらその気は無いらしい。
思いつかなかったのか、それとも自分の気持ちを優先して言わなかったのか。
(どちらにしろ、やっぱり彼女は国母の器じゃないな)
私はその時改めて、そんな風に強く思った。
そもそもこのレイ・クリノア子爵令嬢、一体何がしたいのだろうか。
王妃になって周りからチヤホヤでもされたいのか、それとも本当に殿下を愛しているのか。
こういう展開になっているのだから、どちらにしろ彼女が『彼の隣』を望んでいる事は確かなのだろうが、ならば彼女は自分に王妃が務まると、本気で思っているのだろうか。
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