第7話 歓談か、悪だくみか
聞き慣れた声だったから、顔を見ずとも私にはそれが誰なのかは容易に分かった。
「あらエレノアさんにモルドさん、ごきげんよう」
「ローラ様、お久しぶりです」
「ごきげん麗しゅう、ローラ嬢」
ローラが流れるように挨拶し、それにニコニコ顔のエレノアとよそ行きの笑みを浮かべたモルドがそれぞれ応じる。
その声を聞きながら、私もゆっくりと後ろを向いた。
「ごきげんよう。エノ、モルド。今日も相変わらず仲良しね」
「シシリー様っ、仲良しだなんてそんなっ!」
からかい口調でそう告げれば、エレノアがカァッと顔を赤らめた。
もう婚約したというのに、いつまでも初々しい事である。
そして、モルドもいつも通りで。
「僕とエレノアが仲良くない時なんて、探す方が難しいよ?」
「モルド様っ!」
私のからかいに答えた様でいて、その実今日もこうして真っ赤になって怒るエレノアを楽しんでいる節がある。
「前からたまに漏れ出てはいたけど、あの一件以降は本当に隠さなくなったわねモルド様」
まだ顔を赤らめたまま睨み上げているエレノアと、そんな彼女を愛おしげに見つめるモルド。
そんな2人に、思わず呆れ混じりに私は返す。
するとすぐさま「だってもう隠す必要性が無いからね」という言葉がモルドから返ってきた。
ホント、仲良しそうで何よりだ。
「御馳走様」と答えながら、私は手でシッシッとあしらっておく。
と、ローラが私にこんな話を振ってきた。
「ところでシシリー様? ずぅーっと熱い視線が注がれていますね?」
「そうですね。もっと厳密に言えば、こちらを窺うような視線と射殺さんとする視線と、その二つが先程からチクチクと」
「えっ? 一体何の話です?」
「大丈夫、エレノアは知らなくても」
同じく事の詳細を知らない筈のローラもモルドも私関係で何かあるのだろうという事はすぐに分かったようなのに、こんな時にもエレノアは相変わらずの鈍感加減。
しかしそれでも好奇心はあるようなので、そこはモルドが未来の危険予備軍から彼女をやんわりと引きはがす。
(流石はモルド。そしてその事に全く気付かず「そうですか?」と首を傾げているエレノアも相変わらず可愛いな。こっちもある意味では流石……)
なんて事を考えてると、ローラが徐に口を開いた。
「シシリー様、今日は一体どんな苦労事に巻き込まれるご予定で?」
それは紛れもなく今日何かが起きるというのが
私が殿下との約束を果たす日をピンポイントで当ててくるなんて流石はローラ……と一瞬だけ思ったが、これはちょっと失礼な思考だなとすぐに自分の中で撤回する。
思えば昨今、これほどの熱視線をあの人から向けられる事なんて一度も無かったんだから、ローラならば察せられて当たり前だ。
しかしたとえ指摘は合っていても、彼女のまるで「自分から苦労事を拾いに行っている」とも聞こえる物言いには、一言申しておきたくなった。
「人聞きの悪い事言わないでくださいよ。大体いつもはエノのせいでですが、今日は別件ですからね?」
「だから今回は自分からではなく『やむを得ず』だ……という事ですか。それで事が済めば良いのですけれど」
「ローラ様……?」
お願いだから、そんな「『やむを得ず』以上の事が起きるかもよ?」みたいな事を言うのは止めてほしい。
とっても不吉だ。
そう思って静止の言葉を掛けたのだが、彼女は「どこ吹く風」という感じで既に思考を進めてる。
顎に手を当て、小首を傾げて。
美しい彼女がすると凡そ誘惑になるような所作で、彼女はクスリと笑って見せた。
「それで? その案件、シシリー様としてはどの程度の気合いの入れ様なのです?」
蠱惑的なその笑みは、明らかにローラの中の社交スイッチがオンになった兆候だ。
そしてそれは、多分私も同じだったろう。
「そんなもの、もちろん全力戦闘に決まっているじゃないですか」
「まぁそうでしょうね、シシリー様なら」
「こういうのは完膚なきまでにやらないと、後々面倒な事になりますからね」
フフフッと笑う私とローラ。
その様子が楽しそうな歓談に見えたのか悪だくみの現場に見えたのかは、周りのギャラリーの判断に委ねよう。
……などと思っていると、先程からずっと突き刺さっていた異色の視線が、やっと重い腰を上げた。
「シシリー嬢」
「あら。てっきり私、もう殿下はローラ様に怖気づいたせいでこのまま話しかけてこないのではないかと思っていましたよ? ――殿下」
おずおずと私たちの会話の輪に入ってきた彼に、私は仮面の笑顔を向ける。
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