緻密に為された殿下の婚約者擁立計画……の筈が
第6話 ローラ様、冗談でも止めてください
心地よい雑踏と、話し声。
優しく耳朶を叩くその音を楽しみながら、私は持っていたグラスを上品に呷った。
今日は、王族主催のパーティーの日。
必要な社交を手早く済ませた私は今、とある『時の人』と共に飲食スペースで少し息抜きをしている所だ。
一緒している『時の人』の名は、ローラ・カードバルク。
彼女は私と同じ公爵という地位をいただく家の令嬢で、見目麗しく礼儀作法も完璧。
それでいて思慮深く、慈愛だって持ち合わせている女性だ。
その為「平民からは『聖女』と呼ばれて慕われ、社交界では『淑女の鏡』として数多の貴族達から羨望の眼差しを向けられて」という感じに日々誰かの視線を受けずにはいられないような人だったが、今は別の理由も相まって向けられる視線は多い。
「周りの目が集まるのは、やはりどうしても否めませんね。さぞかし煩わしい事でしょう」
そんな彼女を遠回しに「大丈夫?」と気遣えば、ローラはどうやら正しく私の意図を汲んでくれたようだ。
目に微笑を湛えながら「えぇ、そうですね」と口を開いた。
「それほどまでにインパクトのある出来事だったのでしょうね、きっと。――殿下と私の婚約破棄は」
そう言ったローラは、まるで憂いを感じさせない。
婚約破棄。
本来それは、淑女にとっては不名誉な事の筈だ。
それでも彼女がこうして心から笑っていられるのは、きっと彼女が殿下との婚約を良いものだとは思えなかったのと婚約破棄をそれほど「痛い」と思っていないからなのだろう。
「ローラ様の婚約者の席が空いたお陰で、今や未婚の男性からのアプローチが凄いですものね」
「殆どの人間が、私や我が家のネームバリューが欲しい人間ばかりですよ。それに、周りの注目を集めているのは何も私だけではないでしょう?」
そう返されて、私は思わず苦笑する。
確かに私も注目されてる。
しかし視線が集まる理由は彼女とは違い、『黒幕・私説』の真相を知りたいからだ。
まぁしかし、もし私が第三者でこの状況に出会ったならば周りの者達と同じく「事の真相を知りたい」と思っただろうから、彼らを責める事もし難い。
「もういっそ諦めてそういう事にしてしまった方が、かえって落ち着けるではないですか?」
「嫌ですよ、そんなの。もしそんな事をすれば、我が家の陣営は一層盛り上がりますよ。面倒なんですから、自分たちの欲を満たす為だけにそちらの勢力に勝ちたい老害たちを制御するのは」
もし彼らが勢いづけば、それこそ私を殿下の婚約者に強く押し上げようとするに違いないのだ。
つい先日、折角彼らを鎮めたばかりなのである。
もう当分はお守なんて御免なのだ。
そう答えれば、ローラは「まぁ実際、それが順当ではあるのでしょうけれど」とすまし顔で言ってくる。
「もう……自分にはもう関係無いからと思って」
完全な他人事だと思って酷い事だ。
そう思って口を尖らせれば、ローラが「あら」と声を上げる。
「爵位的にも能力的にも、私でなければ貴女でしょう? そもそも貴女が妃候補から外れたのは、決して『不足があったから』などではないのですし」
うんまぁ、確かにそうだ。
私は王からの「王太子妃になる気はあるか」という言葉に「絶対に嫌です」と即答した。
結局その時の私の言動とその後の裏工作のお陰で、私は妃候補から無事外された。
「今からでもいかがです? 我が国の未来の王妃を目指すのは」
「冗談でも止めてください。あんなポンコツのフォローを一生涯するなんて、絶対嫌です!」
いやいやと手を振りながらそう告げると、ローラがコロコロと笑い始める。
「そんな事を言って、彼女のフォローはいつもしているではありませんか」
「あの子は私にとって助けるに値する子だからこそ、フォローだってするのです。対して殿下はどうですか? 少なくとも私には、あんな浅慮ですぐカッとなるような人間に割くフォローの手などありません」
というか、そもそも既に私のキャパは、あの子1人でフルである。
それ以外はお呼びじゃない。
そう答えれば、ローラはまた可笑しそうに笑って「まぁ、そうですね」と言った。
そんな風に、何だかんだで楽しく話をしていると、そこに加わる人影がある。
「あ! お二人共、こんな所にいらっしゃったのですねっ!」
背中越しに良く知る弾んだ声が掛けられる。
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