第5話 殿下のお願い
しかし身分的にも能力的にも幼少時代に殿下の近くに侍る権利を持たなかったレイにとっては、初めて見るものだった。
大きなショックを受けてるようだ。
が、どうやらそれは「殿下とこんなに仲良いなんて嫉妬する」というものじゃない。
――この女、腹が立つ。
しかし『伝家の宝刀・王太子』が使い物にならないのだから、どうにかする事も出来ない。
そんな感じだ。
そしてそんな彼女に出来る事と言えば。
「ふんっ!」
せいぜいが顔をプイッとする、それくらいのものだ。
そしてその程度、今更私が気になんてする筈もない。
だって実害、全く無いし。
「それで? わざわざ私をこんな所に呼び出して、一体何の用なのですか」
とりあえずレイを負かせたようなので、気持ちを切り替え彼に聞く。
すると彼は視線を逸らし、言い難そうに口を開いた。
「……い」
「え? 何です?」
「協力を、仰ぎたい」
「協力を?」
私のですか?
思わずそう聞き返せば、彼はコクリと頷いてくる。
「このレイを、俺の婚約者にしたい。だから手伝ってほしいんだ」
「はぁ?」
思わず声を上げてしまった。
理由は色々上げられる。
例えば「先日の件、まだ許していないって言ってるのに?」とか、「私にそれを頼もうとしている立場でレイはあの態度だったの?」とか。
しかし一番は。
「そのくらい、ご自分でどうにかしてくださいよ」
「いや、それがその……難しくてだな」
私が尤もな事を突き付ければ、彼はそんな言い訳を開始した。
そしてこう続ける。
「先日の件は……反省してる。例え感情的に拗れていたのだとしても、さすがにああいう場で晒し者にするのは良くなかった。そう、今では思ってる」
「悪い事だった」と言わない辺りが何とも彼らしい。
が、この王子、本当に反省してるのだろうか。
そう思えば思わずジト目になってしまう。
「……国王にも8時間ほど説教をされて、流石に俺も身に染みたのだ。それに、俺のあの行動のせいでアイツの父親が宰相職を辞し、領地の方へと引っ込んだ。そのせいで現場は今、大混乱だ。それも含めて、俺の責任だと痛感している」
そう言った彼は、どうやら彼なりにちゃんと反省しているらしい。
しかしその上で、彼は「でも」と口を開いた。
「レイは諦められない。愛してるんだ」
「殿下……!」
苦しげにそう吐露する彼に、レイが感激の声を上げながら顔を上げる。
レイの目にはキラキラと光る涙が溜まり、殿下も頬を赤らめてそんな彼女を胸に抱きしめ――。
「せめてお2人だけの時にしてくださいません?」
「あ、すまん」
エレノアとモルドのこういうシーンなら微笑ましく見てられるのに、役者が変わるだけでこんなにも白けてしまうものなんだなぁ。
そんな気持ちで私は謝り体を離す殿下を眺める。
しかしなるほど。
どうやら彼は「自分がした事は反省しているが、それでもレイは諦められない。だから手伝ってくれ」と、そう主張したいらしい。
まぁ確かに、どれだけ後悔したところで一度しでかしてしまった事を無かった事など出来ない。
だからこそ「それはそれ」で今後頑張って返していくとして、当初からの目的はちゃんと果たしたいという事なのだろう。
それはある意味、正しいと私も思う。
が。
「何故私が貴方方に、わざわざ手を貸さねばならないのですか」
嫌ですよ、そんな事。
そう告げれば、彼は「だって」を口を開く。
「社交・策略に関する能力で、お前ほど優れている者を俺は他に誰も知らない」
「何言ってるんです、一番はローラ様でしょう」
「……アイツに頼れない事は、お前も良く分かってるだろ」
「知りませんよ、殿下のプライドの問題なんて」
彼のおべっかもそんな風にスパンと跳ね除ける。
するとそれで十分に、こちらの意思は伝わったのだろう。
彼は苦い顔になりながら、それでも「しかしな」と言葉を続ける。
「現時点で次期王妃に最も近いのは、誰でもないお前だぞ?」
説教の時に王本人が言っていたから間違いない。
そう言った彼に、私は思わず「えー……」という声を上げた。
無理である。
嫌である。
絶対に、なりたくない。
「そ、そんなゴミを見るような目にならなくても」
「何言ってるんです、私が殿下を『ゴミ』だなんて思っている訳ないでしょう」
「そ、そうか良かっ――」
「精々『お荷物』くらいですよ」
「良くないなソレは!」
殿下が激しい突っ込みをしてくるが、私は全く気にしない。
ところで、だ。
今の殿下の言葉が本当ならば、かなり面倒な事になる。
「……殿下、一つだけお聞きしても?」
「何だ」
「殿下はそこのレイさんを、正妃にお望みなのですか?」
側妃じゃなくて、正妃に。
そんな私の問いに彼は、一瞬たりとも躊躇せずにキッパリと言った。
「勿論だ」
と。
そんな彼に、私は「はぁ」とため息を吐く。
殿下が言うなら仕方がない。
「分かりました。貴方の婚約を後押ししましょう」
私がそう彼に告げると、殿下はあからさまにホッとし、彼の後ろでフンっと鼻を鳴らしたレイも、顔の端に安堵の色を浮かべている。
そんな2人を眺めながら、私は思う。
(仕方がありません、今回は。ですが――)
再び私の名が彼の相手候補に上がらないくらいには、徹底して事を為さねばなるまい。
私はこの時そう思った。
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