第4話 果たしてどちらが失礼なのか



 「甘い」という言葉に特に嫌味を込めて言えば、案の定というべきかレイが強く反応する。


「シシリーさん、またそのような言い方をっ!」


 可哀想じゃないですか!

 そう言ってきた彼女に私は心の底から失笑した。

 だってそうだろう、彼女の言葉はそっくりそのまま自分へのブーメランだ。


「無礼なのは一体どちらの方ですか」


 ピシャリと彼女にそう告げれば、小さくおののいた様な気配がした。

 だが全く気にする事無く私は更に言葉を続ける。


「殿下が指摘なさるのなら未だしも、殿下が許している言動に対して子爵家の娘である貴方が私に物申すなんて、一体何様のつもりなの? それとも貴女は現時点で、公爵令嬢である私よりも強い立場にあるとでも? 人の言葉を諫める暇があるのならまずはご自分の身を顧みたらいかがかしら」


 公爵令嬢然とした完全なる余所行きの顔と口調でそう言えば、彼女がきっと睨みつけてくる。

 が、私は全く怯まない。



 殿下は過保護にレイを甘やかし、レイは殿下に殿下が言ってほしそうな耳触りの良い言葉を吐く。

 こんな関係は少なくとも殿下にとっては悪影響だし、それ以上に今の言動が気に入らない。


 彼女は殿下を庇っているようできて、その実単に自分の言葉を押し通したいだけである。

 そういう態度に十分にイラっと来ていたし、今の彼女は私に実害を齎している。



 爵位的には私も十分諫められる立場にあったのに今まで彼女を見逃してきたのは、私に実害が無かったのと、「殿下のせいで増長している彼女を諫めるのは、殿下の婚約者であるローラの役目だ」と思っていたからだ。

 部外者の私があまり出しゃばってはいけないし、将来彼女が側室に入るのならば猶更、彼女達はきちんと関係性を築いておくべきだとも思っていた。


 だけど今はもう違う。

 状況は変わり、配慮すべき相手はもう居ない。

 

(ローラ様は優しく諫めていたようだけど、私は彼女ほど人当たりも良くなければ手加減する必要性も感じてないわよ?)


 そんな風に思いながら、彼女をまっすぐ見据えてやる。



 彼女の中にあった『公爵令嬢相手でも、このくらいまでなら言って大丈夫』という彼女の中の過去の常識を容赦無い瞳で打ち砕けば、その様がよほど恐ろしく見えたのだろう。

 彼女の顔が恐怖に怯む。


 そして、そうして追い詰められた彼女が最後に頼るのは。


「……殿下っ!」


 殿下からも何か言ってください!

 案の定そう言いたげな視線で彼女は、殿下へと泣きついた。


 が。


「……いや、それはやめとこう」

「何故っ!」

「何故って……」


 思いもよらない反応に詰め寄るレイと、その勢いに思わず驚き身を引く殿下。

 そのやり取りを見るだけで、殿下が日々彼女の我儘を聞いてきているのだという事が如実に分かる。


 と、いうか。


(さっきの私よりずっと、この状況の方が失礼でしょうに)


 私じゃなくても、きっと似たような感想を抱いたに違いない。



 そんな2人に、私は深いため息をつく。


「私は嫌ですよ? 公の場以外で殿下にわざわざ外面を使うのは」

「私もお前には使われたくない……なんか怖いし」

「何か言いました? 殿下」

「イイエ何モ」


 私と殿下がそんな事を言い合う中、レイが困惑顔になっている。

 何度か交互に私たちの顔を見比べてから「殿下……?」と聞いてくるのは、多分私たちの関係性を聞きたいのだろう。 


 そして彼が愛する彼女の視線にまさか、耐えられる筈もない。


「何というかだな。シシリー嬢は俺にとってー、そのー……あぁそう! 兄弟みたいな!」

「殿下、私の性別は女なのですが、まさかお忘れという事はありませんよね……?」


 どう転んだところで貴方の兄にはなり得ませんよ。

 ピシャリとそう指摘すれば、視線を逸らしながら彼が「も、もちろん」と言ってくる。


「因みに私、先日殿下が今にもエノを極刑に処そうとしていた事、まだ許していませんから」


 彼は私たちと同じ学校で学ぶ身だ。

 だからこそ彼だって、私の親友・エレノアの『素っ頓狂』は知っている筈なのだ。

 そしてそこにはいつだって、他意など決してない事も。


 にも関わらず、彼は彼女に極刑を言い渡そうとしたのである。



 あの事件で一番被害を被ったのは、間違いなく殿下だろう。

 王太子という立場でありながら婚約者の席を今更空けて、部屋での謹慎を言い渡され、それが解ければ今度は周りからの蔑みや落胆の目に耐えなければならない。


 そんな数日を送った彼でも、結局自業自得なのだ。

 到底許せる事じゃない。

 


 私の怒りを垣間見て、彼は「うっ……すまん」と謝ってきた。

 まるで叱られた子犬のようにシュンとしているその姿は、側から見れば叱る姉と叱られる弟に見える事だろう。


 今の2人しか知らない人なら、こんな私たちに驚くだろう。

 が、これは何も今に始まった事ではない。


 王太子に婚約者ができて以降は特に外では気を付けていたし、彼と顔を合わせる時はいつも周りに目があった。

 だからめっきり見る事も無くなったろうが、幼少期の私たちは、そもそもこういう姉と弟のような関係だった。


 ――まぁ同い年なんだけど。


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