殿下のお願いと新たな騒動の予感

第2話 浅慮の為せる業はとっても迷惑



 私の元にこの面倒なが舞い込んできたのは、つい先日の夜会の時の事だった。


 私も公爵令嬢だ。

 こういう場に出れば、エレノアやモルド以外にも話しかけてくる相手など沢山居て、その時はちょうどそういう方々と話をしていた。



 エレノアやモルドと話す時とは違いそれなりに外面を作る必要はあるものの、実は私はこんな風に色々な人と話す事も嫌いじゃない。


 日々の顔合わせは私にとっての人脈作りで、交わされる雑談は情報収集の場である。

 誰かがポロッと言った事が後に自分が切れる最大で最強のカードにだってなる事があり、私はそういった『利を得るための駆け引き』が割と好きな人種である。

 だからこういう会話の場を、一度だって「面倒だ」などと思った事はない。



 つまり、だ。

 今のこの居心地の悪さは間違いなく、彼女たちが原因じゃない。

 

 きっと、先日の一件が良くなかった。

 エレノアが素っ頓狂をやらかしてフォローしたあの日、親友を護るという理由の他にも私には「ホストとしてこの場を納める義務がある」と思って行動した。

 

 それが対外的な理由になると、それがあれば悪目立ちはしないだろうと半ば高を括っていたのだが、どうやら周りはそういった建前よりも面白いものに心惹かれてしまったようだ。


 今や私はあの日の一連を、あの日婚約破棄されたローラと画策して行ったフィクサーであると言われている。

 中には「敵対派閥のローラを婚約者の地位から追い立てるための策略だった」という噂も一部の口から囁かれていている始末だ。


 因みに実際、そんな事は一ミリだってあり得ない。

 しかしその真実を身を以って知っているのは私とローラくらいなもので、「そんな事はしていない」と触れ回ってもキリがないし逆に疑われそうでもあるし、何より「そんなものが出回ったところで大して実害も無いだろうから」と判断して、自分から聞いてくる人以外にはこの手の話を振らないようにしていた。



 その結果、実際に実害は無かったが、あれから1か月経った今も私は様々な視線に晒される羽目になっている。



 が、私が今正に居心地が悪いと感じている理由は、何もその不特定多数の視線ではない。

 楽しく噂するのとは別の意図を孕んだ視線が先ほどからずっと背中に刺さり続けている事を、感じてしまっているからだ。


(せっかく気付かないふりしてるのに、全く引く気配が無いんだけど……)


 そう思いながら、私は令嬢たちと楽し気に歓談を続けている。

 

 その視線にどうしても嫌な予感を感じずにはいられなくて「早くどっかに行ってくれないかなぁー……」と思うのだが、どうやら相手が腹を括ってしまったようだ。


「グランシェーズ嬢」


 私を呼んだ男の声に、思わず出てしまいそうになった嘆息をギリギリのところで呑み込んだ。


 如何に相手が落ち目であっても、王太子は王太子だ。

 流石に話しかけられただけでその反応は、失礼にしかあたらない。



 正直言って、騒動後初めて彼が出席するこの夜会のこんなに沢山の人の目があるこの場所でなんて、話しかけてほしくなかった。

 用があるなら執事などにどこか別の所に呼んでもらうとかもっと色々あっただろうに、その辺の配慮がどうしようもなく足りないところが彼の浅慮の為せる業なのだろう。


「どうされたのですか?」


 振り返り様に、一瞬だけ歪んでしまったと自覚がある自分の顔をよそいきモードに戻しておく。

 その努力のお陰でおそらく、その人が見たのは貴族然とした笑みを湛えた私の筈だ。


「――殿下」


 振り返った先に居た人物は、この国の王太子。

 「やっぱりな」と思いながら彼の名を呼び返せば、彼は一瞬何かに怯んだように見えた。

 

 しかしそれでも――別にこんな所で男気など見せなくとも良かったのに――彼はグッと腹の底に力を入れる。


「話がしたい」


 それは端的な、下手をすれば命令とも取れてしまうような要求だった。

 確かに彼は命令口調では無かったが、こんな公衆の面前で殿下から公爵令嬢の私にされた『お願い』だ、幾ら嫌でも真っ向から断れる筈なんてない。


(もうちょっと自分の立場を考えてから物を言ってほしいんだけど)


 そんな悪態を吐きたくなるのは当たり前だ。


 それに、である。


「……殿下の同伴者がとてもお嫌そうですわ、私よりもそちらを優先なさった方が良いのではありませんか?」


 私を射殺さんとばかりに睨んでくる目が、彼の隣で彼の腕に手を回して立っている。

 自分たちからわざわざ話しかけにやってきておいてかなり理不尽な視線だが、この際なので辞去の為の言い訳に使わせてもらう事にした――のだが。


「話がしたい」


 お前は同じ事しかいないのか。

 正直言って、そんな突っ込みを入れたくなるくらいにはイラっと来た。



 が、これで分かった事もある。

 どうやら相手は、引く気が一切無いらしい。


「分かりました、行きましょう」


 今度はため息を呑み込まずに吐き出しながら、私はそう返答する。

 そしてクルリと踵を返した殿下とその腕に手を回し見せつける様にしな垂れかかっている令嬢の後を一人着いていくのだった。


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