第16話 拍手と笑顔に彩られて



 愛しさを隠す事はもう辞めた。

 そんな彼の心の声が、何だか私には聞こえた気がした。



 そんな彼を前にして、エレノアは考えたのだろう。

 自分にとっての彼について。

 

 そして彼女も、答えを出す。


「は……」


 吐息なのか、言葉のつもりだったのか。

 よく分からない声がエレノアの口から漏れた。


 最早頬どころじゃない。

 耳や首はおろか腕までもすっかり赤く染め上げて、真っ直ぐな彼の目が恥ずかしかったのか、エレノアは一度少し顔を伏せて。

 か細い声で、それでもしっかりこう言った。


「……はい」


 告げられたのは、承諾の言葉。

 それを聞いた瞬間に、モルドの表情が愛おしさと喜びにふわりと甘く緩み切った。


「――ありがとう。絶対に、幸せにするよ」


 そう言った彼は、そのまま握っていた彼女の左手に、ゆっくり小さなキスを落とす。



 若者達の前に今、前途ある未来が一つ開かれた。

 嬉しいアクシデントに周りはワッと沸いて拍手を送る。

 

 祝福の言葉が掛けられて、エレノアはそこでハッとした顔になり恥ずかしそうに声に応じる。

 モルドも「こんな所で言わなくっても」と照れ隠しに睨み上げるエレノアを笑いながら、それに寄り添い一緒に祝福を受けていた。



 殿下の婚約破棄騒動のせいで冷えていた空気は一体どこへやら。

 今会場は、優しくて暖かな空気に包まれている。


 その光景に、私は思わず笑ってしまった。

 

 これ以上に無いくらい真っ赤になった親友と、想いが通じて喜ぶ友人。

 思っていた通りお似合いな2人に予想外に沢山かけられる祝福たち。

 これほど嬉しい事は無い。



 この時ばかりは、私も今日あった他の事もすべて忘れて2人に心からの「おめでとう」の言葉を伝えた。

 するとエレノアはやはり少し恥ずかしそうに、モルドは嬉しさをもう隠す事無く声を合わせてこう言った。


「「ありがとう、シシリー様(嬢)」」


 幸せに満ちたその笑顔はとてもとても眩しくて、何だかちょっと羨ましかった。



 その後パーティーは2人を祝福する為の明るい会へと主旨を変えて、最後には招待客たちもみんな満足して帰っていった。


 謀らずしてホストとしての役目を十二分に果たせたのは、運によるところがおそらく大きかっただろう。

 しかしこうして事は大団円となり、私たちは日常へと戻っていく。



 因みに当事者だった筈の例の2人は、私たちがエレノアとモルドを祝福していた間にどうやら帰ってしまったらしかった。


 まぁあそこまで大事になった上に、エレノアによってコテンパンにされたのだ。

 おそらく2人の婚約は解消せざるを得ないだろうし、国と王を裏切るような行為をした殿下については何かしらの沙汰がある事だろう。


 しかしもう私としては、特に注視すべき事じゃない。

 他人事だし、私の動きで何かが動く事も無いだろうから、策略を展開する理由も余地もありはしない。

 ならば全く興味がわかない。

 せいぜい2人の婚約破棄がある程度円満に済む事を、せいぜい祈るばかりである。


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