第15話 甘さ、ついに決壊
(――もしかして、ずっと自分の気持ちを隠していたのかも)
根拠なんて何も無い。
しかしもし本心がこれだけ甘いというのなら、今まで微笑ましい気持ちで見てきた二人の爽やかな甘さは全て、彼の努力によってその程度にまで抑えられていたものなのかも。
そんな風に思わされた。
それが恋愛方面に疎いエレノアの為なのか、それとも『今』を失う事を恐れた自分の為なのか。
真相は分からないが、一つだけ分かる事は『覆水は盆に返らない』のと同じように私も彼のコレを目撃してしまう前に戻る事は出来ないという事である。
そして、その他に大勢の人間たちが居るというこの現状も、決して無かった事には出来ない。
「貴族家の令嬢を捕まえて『面白い』って、それ絶対に褒めていませんよねっ!!」
しかし彼の溢れ出る愛しさに何故か気付かないエレノアは、悲鳴じみた声を上げながら涙目のままプンスカと怒る。
「いやいや、ちゃんと褒め言葉だって」
「そんなの嘘ですっ!」
相変わらずの言い合いを繰り広げる二人だが、私にはもうモルドがただの更なるご褒美待ちの様にしか見えなくなっている。
(現に今は多分、「甘んじて睨みつけられている」という建前で、上目遣いでプンスカしてる可愛い代物と特等席で拝んでるってだけだろうし)
そう思いながら、実に楽しそうで嬉しそうで幸せそうなモルドを眺める。
もうほんと、ギャップが凄い。
普段と飄々とした感じはどこへ投げて来たのだろう。
端的に言えば、そう思わせたモルドが、否、2人が悪い。
「もうあなたたち、結婚しちゃえば良いのにさ」
そんな本心が口からポロッと出ちゃったのは、どう考えてもこの2人のせいである。
普段なら滅多に失言なんてしない私にしてはこれは、ちょっと私らしくない。
しかしそれも、いつも空気を読まなくてすぐ素っ頓狂な本音を口走るこの子の悪い癖が、きっと私にも移ったせいだ。
(ならばきっと因果応報。彼女たちにはその余波を、甘んじて受けてもらうとしよう)
なんて、内心でほんの僅かに「ゴメンね、エノ」と思いながら責任転嫁しておいた。
私の
つい「酸素足りてる?」と心配になってしまうくらいの赤さとパクパクさが、口を挟んじゃいけないような気がしてずっと黙っておく。
しかしあんな事を言っておきながら、実は私はあまり期待していなかった。
だって、今まであれだけじゃれ合っているのに全くくっつかなかった2人である。
何だかんだで結局今回ものらりくらりと躱されてしまうのだろうと、そんな風に思っていたのだ。
が。
「……あら、意外」
目の前に極めて珍しいものを見つけて、私は思わずそう呟いた。
私の視線の先に居たのは、なんと顔を真っ赤にしたモルドだった。
いつも彼女をからかう役だったのに、その彼が動揺している。
私はこの時「今だ!」と思った。
目が合ったので彼にウインクを送ったら、彼はまず最初に文句でも言いたげな顔で口を開いた。
しかし何も言わずにそのまま閉じて、右手で自分の顔を覆いつつ「はぁ」と小さなため息を吐く。
そして手から顔を上げた時、彼の覚悟は決まっていた。
「エレノア嬢」
まだ熱は残ったままの瞳に強い決意が籠り、声はいつになく真剣で。
そんな彼の口から出た言葉は思いの外、強く伸びやかに辺りに響き渡る。
周りの注目が、必然的に二人へと集まった。
皆きっと、これから何が起こるのかを知っている。
だからこそ、前途ある若者の将来を決める事になるこのイベントを、みんな優しい眼差しで静観しているのだろう。
「僕は君の事を、1人の女性として想っている」
彼の言葉に、エレノアの目がゆっくりと見開かれた。
みるみる内に紅潮していく頬は、流石の彼女も勘違いの余地を挟めなかった事の現われだ。
そしてそんな彼女を前にして、モルドの目には「そんな様子さえ愛しい」と言わんばかりの熱が一層こもる。
「いつもののほほんとした雰囲気も、僕が揶揄うとすぐにムキになる所も、意外と周りのことを見てて、よく気が付いたりする所も」
そう言って、手を伸ばす。
エレノアの左手をスッと取り、まるで壊物にでも触れるかの様にその指先を優しく握り込んで。
「たまに常識から外れた事を言ったりするけど、そんな所も」
思い出し笑いをしながらそう言った彼は、きっと今までのアレコレを思い出しているのだろう。
クスリと笑ってエレノアを見る。
「ひどく危なっかしい君を『守ってあげたい』と思う。君の全てを大切にして、君を必ず幸せにすると誓う。だから」
そして彼は、彼女に『将来』を告げた。
「――僕と結婚してくれませんか?」
その声はひどく優しげで。
それなのに、今まで史上最大の熱を孕んだ瞳で彼女の事をまっすぐ射抜いた。
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