第10話 二つ目の爆弾、大爆発
一連の話を聞いた私の率直な感想は、「運が悪いな」であった。
主にエレノアの。
だってそうだろう。
外聞を捨ててまで急いだその道中で、微塵も望んでなんていなかった場面に出くわすなんて、本当に運が悪い。
「それで、別に聞き耳を立てていた訳ではないのですよ? しかしお二人の邪魔をしてはいけないと思って……」
だからエレノアは「なるべく音を立てないように」と、どうもゆっくりこっそりその場を通過しようとしたらしい。
そしてその間中、彼女にはずっと2人の会話が聞こえていたという訳だ。
「……お二人が話していたのは、レイさんの事でした。たしか『外聞が良く無い行為をしているので、殿下の方から窘めて欲しい』という様な内容だったと思います」
エレノアのそんな証言に、すぐさま一つ「あぁ」という相槌が追従した。
それは大きな呆れと納得を孕んだモルドの声で、一体何に納得したのかというと。
「レイ嬢って、『あの』クリノア子爵家のだろう?」
そこでレイという女の名前が出てくる理由に、であった。
因みに私も、彼と同じで呆れと納得を抱いていた。
否、私だけじゃない。
同年代の子達はみんな、同じだろう。
そしてそのたった一言で、私たちはまた次なる事の顛末に思い至ってしまったのだ。
しかしそんな私たちとは裏腹に、大人たちの反応は全く異なる物だった。
「……一体何故ローラ嬢は、クリノア子爵令嬢の素行に関する事をわざわざ殿下などに言ったのだ?」
誰かがポロリと溢したそんな疑問は、おそらくその場の大人達の総意だった事だろう。
そして学内での様子を知らない彼らは、その答えを誰一人として持ち合わせてない。
互いに不思議そうな顔を見合わせる彼らを横目に、私は小さく息を吐く。
そして彼らにヒントを出すようなつもりで、ゆっくりと口を開いた。
「確かに爵位的にはローラ様の方が上。レイさんもローラ様の言葉を聞きそうなものですが……確かに聞き入れてはくださらなかった事でしょうね」
それどころか、彼女の事だ。
十中八九、殿下に「ローラ様が意地悪なことを言う!」と言いながら泣きつく事だろう。
そしてまた、それが要らぬ面倒事に発展するのだ。
そんな事、部外者の私でさえ分かるのだ。
ローラに分からなかった筈がない。
「えぇそうですね。だからこそ、あの時ローラ様は『殿下から窘めるように』と仰っていたのでしょう」
エレノアが、私の言葉に相槌を重ねてそう言った。
それは正に二つ目の爆弾だ。
しかしそれは遅効性の毒の様に、じんわりゆっくりと広がっていく。
「え? 一体どういう……まさか」
そんな囁きが聞こえてきた時、ここでやっと殿下が起動した。
ここまで来れば、流石の彼も気が付かずにはいられなかったのだろう。
何やら話の風向きが、不利な方に向き始めたという事に。
本音を言うと、結構前からかなり雲行きは怪しかった。
しかし彼は会場の端に居るレイと目と目で語り合うのに忙しかったせいで気付いていなかったのだ。
本当に、逢引きもTPOを弁えた方が良い。
「お、おい、ちょっと――」
慌てて止めに入ろうとする殿下だが、物理的な距離は遠い。
少なくとも語り部の口を塞ぐのは不可能で、慌てて声を出す事くらいしか出来やしない。
そしてそれは、この場では致命的だ。
両者の間に居る人垣を避けて通るには時間が掛かり、相手は思考に夢中で殿下の意を汲んで道を開けてくれる者など殆ど居ない。
結局のところ『動き始めるのが遅かった』というのが、彼の敗因でエレノアの勝因だった。
まさか、そういう事なのか。
まさか、そんな筈は無い。
そんな憶測と拒絶に揺れ動く貴族たちの心のど真ん中に、エレノアは躊躇なく落とす。
「殿下からの言葉ならば、レイさんも間違いなく聞き入れる事でしょう。だってお二人は――相思相愛なのですから」
何の悪気も悪意も無い。
無垢な顔で微笑んで彼女が落としてきたソレは、紛れもなく二つ目の爆弾そのものだった。
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