第11話 譲れない想いが垣間見えて
「愛する人の言葉なら、聞く耳だって持てるでしょう?」
どうしようもなく朗らかな声でそう告げたエレノアに、周りは騒然とせずにはいられない。
「そんな……」
「一体、いつから?」
そんな言葉が舞い踊る。
王族たるもの、血を絶やしてはならない。
国を維持する為にも、子孫繁栄に努める事は王族の義務である。
だから、心の伴わない婚姻を結んだり、複数の側室を持つ事は往々にしてある。
それ事態を『不貞』と責める者は居ない。
しかし。
(それは決して『正妃になる予定の者を蔑ろにする事』と同義であってはならない)
それが大前提、それが出来なければ国が揺れる。
だって正妃というのは普通、国政に必要なスキルを兼ね備えた令嬢がなるものだから。
そしてそれは、ローラにだって当てはまる。
彼女には『淑女』と『聖女』という呼び名があるが、『淑女』の方は貴族としてのあらゆる振る舞いがそう言わせ、『聖女』の方は「疫病の蔓延を防いで我が国の危機を救った」というツイ去年の多大な功績が言わせている。
彼女は確かに公爵令嬢であり父はこの国の宰相をしているが、決してそれだけが理由で選ばれた人材などではない。
実際に正妃には特に公の場に立つ機会多く、国外相手の社交に参加するだけじゃなく裏では他の妃達を取り纏めなければならない。
もし国政以外では平穏な生活をする事を望むなら、王は正妃にこそ気を使い敬わなければならないのである。
それなのに。
「いや。それよりも、そもそも陛下の決めた相手を差し置いてそれ以外の令嬢と関係を持つなんて……」
誰ががポツリとそう言った。
畏怖と軽蔑の込められた声で。
畏怖は間違いなく陛下に向けられたもので、軽蔑はきっと殿下に向けられたものだ。
この婚姻は陛下の承認の下で為されている。
それを裏切るという事は陛下を裏切る事と同義であり、陛下を蔑ろにしたのも同義なのだ。
そしてそれを、普通の貴族ならば「恐れ多い」と、「してはならない事だ」と認識している。
畏怖し軽蔑するのは、至極真っ当な反応だ。
が、ちょっとこれはマズいかもしれない。
エレノアは確かに事実を言った。
しかしそれが周りにこんなにも甚大な影響を与えているとなると、殿下自身はどう思うか。
先程も、殿下はエレノアが自分にとって不利な事を言うだろう事に気付いてしまった素振りがあった。
あの頭に血が上った浅慮がエレノアを逆恨みする可能性は、多分かなり高いだろう。
エレノアを、彼から助けなければならない。
本当に手のかかる子だ。
そもそもこの釈明は彼女の為にさせている事だし、釈明するにしたってもうちょっと遠回りして穏便に話を進める手だってあった。
しかしそれでも、彼女はただ自分の思考を説明しているだけに過ぎない。
それをさせているのは私で、彼に恨まれるような原因を作ってしまったのも、半分は私である。
ならば、責任を取らねばなるまい。
そう、要は殿下にエレノアを攻撃する元気を無くさせればいい。
そのくらい完膚なきまでにやればいいという訳で――。
「実は僕、この間……」
そろそろと手が上がり、言葉が紡がれる。
その持ち主はモルドだ。
彼にしてはなんとも消極的で歯切れの悪い声だなぁと、私は思った。
しかしその理由はすぐに分かる事になる。
「レイ嬢と殿下が木陰でその……抱き合って、キスまでしてるのを見ちゃったんだよねー……」
ちょっと遠くで殿下が「んなっ?!」と声を裏返らせた。
対して周りは、まるで蜂の巣を突いたかの様な騒動になる。
「ほ、本当に見たのですか?!」
正直言って、流石の私も驚いた。
だから思わずそう聞き返すと、彼は小さく肯首した。
「まぁたまたま見ただけだから、証拠とかは無いけどね」
困った顔で返されたその言葉に、私は「なるほど、これは確かに控え目な言動にもなるだろう」と思ってしまった。
かなり大きなスキャンダルだ。
そしてこれをこの場で暴露する事の意味を、彼が分からない筈は無い。
これは重要で、とても危ないカードである。
いつもなら、彼は絶対バクチみたいな事なんてしない。
それでもソレを今ここで切ったのは。
「こういう話、いつもなら絶対誰にも言わないんだけどね」
頬を指で掻きながらそう言った彼の裏に『譲れない想い』を見たような気がした。
彼はその想いのために、殿下を犠牲にし殿下を相手取る事で被る自分の危険を覚悟した。
(手段は選んでいられない。そういう事なのよね、多分)
実際、彼のこの言葉は間違いなくエレノアの援護射撃になる。
そんな風に護られるエレノアは、本当に幸せ者だ。
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