第7話 確かに公の場ではあった



 そう、驚いた大人たちとエレノアの言葉に同調した同年代。

 これらの明確な線引きは、「貴族ならば誰もが通う事になる学校に、殿下とローラが在学中に学生をしていたか否か」という所で出来てしまう。


 そして、そうなってしまった理由は簡単だ。


(多分その険悪さが学校内でだけ見えていた事だったから、なんでしょうね)


 学校は子供社会、一種の閉鎖空間だ。

 だからこそ、大人たちは知り得なかった。


 それだけ2人の険悪さが有名だったら子供たち伝手に大人に話が伝わっても良かったような気がするが、子供たちには子供たちの集団意識が存在する。

 それこそが、「学校以外では上手くやっているのだから不仲説をいたずらに広めてはいけない」という空気を作ったと言っていい。


「もし婚約関係が続いているのなら、例え事実としては険悪でも私達の前で取り繕うと思ったんです。でも殿下は、そうなさる気配が全くと言って良い程にありませんでした。だから私はてっきりだと……」


 そこまで言って、エレノアはこちらを窺うように見てくる。



 確かに今のエレノアの言葉は至極真っ当なものである。



 曲がりなりにも、次期国王の婚約だ。

 国の行く末を左右すると言っても過言ではないその婚約を破談にしないように配慮し、少なくとも外向きには円満な仲であるように見せて然るべきなのである。

 それこそ、事実がどうであれ。


 そして大人たちの目をこうして欺けるくらいには、学校以外の公の場ではきちんと取り繕えてもいたのである。

 それはもうものの見事に欺けるように、その一点に関してだけは暗黙的に2人は互いに協力していた。


 それを「学校だから出来なかった」というのはただの詭弁でしかない。


 幾ら閉鎖空間だと言っても、学校だって公の場には変わりない。

 それを非公式の場、プライベートの場だと思ってしまうには、些か願望と無責任が過ぎるというものである。


(まぁ実際に、おそらく殿下の方はまさしくだったのだろうけど)


 そんな風に思つつ、当時の2人を思い出す。




 校内には、幾つか周りの目を忍べるスポットというものがある。

 そういうのは密談やちょっとした悪さをするのに最適とあって、生徒ならおそらく誰もがそれなりには知っているだろう。


 中庭の奥の方も、その内の一つだった。

 近くに渡り廊下はあるものの、奥まで行けばちょっと通りかかったくらいの人には気付かれない。

 そこはそんな場所だった。


 私がちょうど、偶々件の渡り廊下に差し掛かった時である。

 奥からこんな会話が聞こえた。


「殿下。学校だって多くの人の目がある公の場です! もう少し周りの目に気を使って――」

「あぁもう煩い! 社交界ではきちんとやっているだろう! 一々俺に指図するなっ!」


 おそらくヒートアップしていたのだろう。

 たとえ姿が見えずとも聞こえてきてしまえば意味が無いのだが、二人はそれに気付きもせずに互いに言い合いをしていたのである。


 それを聞いてしまった時、私は思わず呆れのため息を吐いた。

 私が呆れた相手は殿下だ。



 嫌いな相手から指図をされるのが嫌な事も、そんな相手に従うのが癪だというのも、私だって感情的には分からなくもない。


 王城では決して味わうことのできない開放感に水を差されたくなかったという気持ちも十分に推し量れるし、生まれた時から王子であり『相応の振る舞い』を求められてきた彼だからこそ大人たちからの監視の目が薄れる校内でつい羽目を外したくなる気持ちも理解できる。


 でも、だからといって自由に酔いしれ公私の線引きを誤っても良いという事にはならない。

 むしろそれこそきちんと弁えるべきなのである。

 だって彼は、立場が立場なのだから。



 ローラがそこに危惧を覚えて嫌がられるだろうと分かっていながらもあぁして忠言理由は、関係性の良好さを示すためには双方の歩み寄りが必須だからだろう。


 例えば0に何を掛けても答えは0にしかならないように、一方の無関心がもう一方のどんな努力や我慢も全て台無しにしてしまう。

 あの忠言は、そうならないようにする為の協定提案だった筈だ。


 しかし彼はそれに気付かず、否、気付きたくなかったから「ちょっとくらいの我儘くらいは許される」と思い込んで跳ね除けた。

 その結果が、『校内の者なら誰もが殿下とローラの不仲を知っていた』という現状だ。



 つまりエレノアにああ言わせた一端は、殿下の自分に対する甘さだと言っても良いわけで。


「まぁアレを見ていれば、不仲なのは疑いようも無いけれど」


 ハッキリとした声でそう言ったのは、周りにエレノアの言った事が事実であると遠回しに知らせるためだ。



 私がエレノアの言葉を肯定すると、案の定大人達のざわめきが大きさを増した。


 幾ら信じられない・信じたくないことであっても、公爵令嬢が肯定すれば信憑性も大幅に増す。

 それこそが私の言葉に相応の責任と説得力の下駄を履かせてよいしょよいしょと歩き始めた。


 お陰で小さなざわめきに「では、やはり本当に……」などという声が混じり始める。

 それを静かに聞いていると、今度はモルドがハキハキとざわめく大人に追い打ちをかける。


「そういえばこの前、休憩時間に教室移動をしていて偶々殿下とご友人が廊下で戯れてた所に居合わせてしまった事があったんだ」


 徐に口を開いた彼に視線が集まる中、当の彼は全くそれを気にしない様子で言ってくる。


「で、『どうしたものかな』と思ってたらそこにカードバルク嬢がやってきて、『殿下、通行の邪魔になっていますから道を開けてくださらない?』って正面切って言ったんだよね」


 その声と共に、想像する。

 そして思わず苦笑した。



 『聖女』だ『淑女』だと持て囃されてはいるものの、ローラだってれっきとした人間である。

 虫の居所が悪ければ言わなくて良い事まで言ってしまう事もあるし、幾ら機嫌が良かったとしても嫌いな相手は嫌いなままだ。


 そこに居合わせていない私でも「彼女なら確かに正面切って言いそうだ」と思わずにはいられないし、その後一体どうなったのかも――。


「まぁ言い方はどうあれ……それはさぞかし迷惑だったでしょうね」


 そう零してしまうくらいには、割と容易に想像がつく。



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