第6話 第一の爆弾、投下



 本当なら「自分の事でしょう!」と説教してやりたいところだけど、今はちょっと後回しだ。


 仕方がないのでもう一度、改めて彼女に話を振り直す。


「お二人の婚約パーティーがあった事は覚えているのに、何故あんな勘違いしたの?」


 そう聞きながら、先ほどからずっと静かなせいで思わず忘れてしまいそうになる本来の当事者たちの方を盗み見てみる。



 もしここで2人がまた本来の口論を再開すれば、殿下がエレノアを不敬罪にしようとしていた事については、おそらくうやむやに出来るだろう。

 しかしそれだとエレノアからは意識が外れ、既に抱いてしまっている彼女への良くない印象を好転させる機会は無くなるのだ。


 後でそれらを払拭する事も勿論出来ない事は無い。

 しかし『鉄は熱いうちに打て』じゃないが、印象操作だって情報が新鮮な内が大切だ。

 出来れば今片付けちゃいたい。



 そう思ったのだが、どうやら杞憂だったらしい。

 確かにそこには不満を微塵も隠そうともしない殿下と、社交の仮面を完全武装の上で微笑するローラが居たが、幸いにというべきかどちらにも「今動こう」という気配は全く無かった。


(殿下の方は特に、何か言ってくるかと思ってたんだけど)


 もしかして、さっきの睨みが予想以上に良く効いたのか。

 だとしたら、流石は『王太子の皮を被ったヘタレ』だなぁと思う。



 しかしまぁ、彼は元々短気で浅慮で、その上臆病な性格だ。

 だからこその、あの高圧的な振る舞いだったと言い換えてもいい。

 だから今の彼が「不自然か」と聞かれれば、答えは「否」だ。


(その臆病さを、せめてもうちょっと自分の中にも向けてくれれば良かったのだけど)


 話す前に、動く前に。

 例えば何かをする前に、一度臆病風に吹かれてでも立ち止まってくれたなら彼はきっと今回のような事は起こさなかった筈である。


 そうしたら『浅慮』という彼の短所も、少しはマシになったかもしれない。

 しかし悲しいかな、それが出来ないからこそ彼は浅慮なんだろう。


(コレを引き起こしてしまった今、彼の立場はひどく危ういものになってしまったでしょうね)


 私は密かに、そんな風に独り言ちた。

 しかしだからと言って同情の余地は無い。

 そもそもが、殿下とエレノアどちらを取るかと言われれば、即答でエレノアなのだ。

 彼の立場の悪さについては、潔く諦めてもらう方向でお願いしたい。



 どちらにしても、あちらが大人しくしているというのならそれで良い。

 浅慮でも単細胞でもないどころか本来ならば頭だって回るはずのローラが今動かないのは些か気になっているが、下手に敵に回られるよりは何もしてくれない方が余程マシだ。

 今は敢えて気にしない事にしよう。


 そんな風に思考を纏めて視線を元の位置に戻すと、そこには自分の置かれた現状をまるで今しがた思いだしたと言わんばかりのエレノアの姿があった。


 本当の本当に、呆れるほど世話の焼ける子である。



 佇まいを正したエレノアは、特に後ろめたいとか気まずいとか、そういう感情は抱いていないように見えた。


 ただ私の質問に、素直に答えるだけ。

 そんな雰囲気のままに平気な顔で取り出したのは、『爆弾』だ。


「だってお二人、もう『ずっと前から』険悪だったでしょう?」


 そして躊躇なく、集団の中に投下した。




 エレノアのこの一言に、会場の空気がドヨリと揺れた。

 周りの大人たちは皆一様に「まさか」と言いたげな顔になり。


「え……まさか、そんな」

「公はこの事ご存知で?」

「私は初耳だが……お前はどうだ」

「いえ、全く……」


 同様に揺れた声が徐々にこちらにも漏れ聞こえてくる。



 驚いていないのは私たちと同年代の子たちだけだ。


 私も「まぁまずはそこよね」と思ったしきっと彼らもそう思ったろう。

 しかしその他の大人たちは驚きの温度が高い。


 しかし彼らの立場に立てば、これほどまでに動揺するのも仕方がないかと思えてしまう。

 だって彼らは知らなかっただろうから。

 知らずにずっと『このまま二人は無事に婚約し、仲睦まじくこの国を治めるだろう』という叶わない夢をおそらく見て来ただろうから。



 しかし、である。

 幾ら誰が望んだとしてもこの2人がもうずっと険悪だった事は、紛れも無い事実である。


 少なくともその光景を見る機会があった『在学生』たちにとっては、最早常識的な知識となってしまっているくらいには。


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