第3話 フォロー開始
私だって、これはマズい状況だなぁと思っている。
(『聖女』様にこの仕打ち、平民達にでも知れたら特に、暴動でも起きるんじゃないかしら)
一見すると突飛に思えるそんな考えも、決して「大げさだ」などではない。
それほどまでに、ローラの人気度はひどく高い。
もし暴動が起きてしまえば、大変なのは領地を持つ貴族である。
だって自領の暴動を抑える為の人手が必要になるのは勿論、その後再び民衆たちを何らかの方法で納得させねばならないのだから。
本当ならば必要無かったその労力を、この騒動のとばっちりで割かねばならなくなってしまう。
それを喜んで受け入れる人間など、ここには一人も居ないだろう。
しかし私は、「仕方がないよね」とも思う。
そして多分、そう思っているのは私だけじゃない。
「やっとか」とか、「遂にこの日が来てしまったか」とか。
そんな風に思う私たちと、驚き顔を険しくする一定年齢以上の人達。
何故こんなにも認識に差が生まれたのか。
その理由は、明白だけど。
今エレノアへと向けられている視線の内の、大多数が険しいものだ。
「何を当たり前の事を」と訝しんだり、「これ以上場を引っ掻き回してくれるなよ」とけん制してたり。
そういう対応を取るのは全員『エノに免疫の無い人たち』だけど、様々な年代が入り乱れるこの場では免疫がある人間は少数派。
(それらの視線がみな好意的なのは、おそらく彼女がポロッとやらかす事によって大多数がスッキリする展開になるからだろうけど……)
幸いなのはその点だけで、この場で彼女の味方になってくれる者がかなり少ない事は明らか。
あまりチンタラしていられない。
エレノアによる素っ頓狂な物言いは、どうやら頭の硬い大人達には少し劇薬過ぎたようだ。
おそらく彼女のあの言葉は、『無礼なもの』『非常識なもの』として受け取られてしまっている。
(今、エノへの心証の悪さはそう簡単に拭えるものではないでしょう。そして貴族令嬢にとって、それは致命傷になってしまう)
そう思いつつ人知れず手をギュッと握り込む。
社交界に身を置く貴族達にとって、己の評判は存外大事だ。
そんな場で、もしも未婚の女性が「無礼で不躾なやつだ」と言われたらどうなるか。
少なくとも嫁ぎ先の選択肢は急激に減ってしまうだろう。
(今すぐ何かしらの手を打たないと、この子の将来に響いてしまう)
つまり今どうにかすべきなのは、この目の前で肩を怒らせている殿下と周りの目である。
それらからエレノアを護る事が、今回のミッションだ。
「……貴様」
まるで地を這うかのような低い声が彼が噛み締めた奥歯の間から洩れてきて、鋭い目がエレノアを射抜いた。
この様子では、今に「エレノアを不敬罪で打ち首にする」とか言い出しかねない。
そもそもエノがいつもこうなのは、彼だって知ってる筈だ。
それなのに頭に血が上ってしまって、反射的に敵意でも持ったのだろう。
特に考えるでもなく。
(どんなに頭に血が上ってても、私の親友に手を出そうなんて。王太子である彼になら実現可能なこの暴挙、絶対に許してなるものか……!)
今すぐに、動かねば。
「俺の話の腰を――」
「バカねぇ、エノは」
殿下の声にわざと自分の大きな声を被せて告げる。
「お二人のご婚約は周知の事実でしょ? 貴方だってお二人の婚約パーティーには出席したじゃない。それなのに、何故そんなおかしな勘違いをしてしまったの」
敢えて笑いを噛み殺し、軽い口調を心掛けて。
そうする事で、今しがた流石の彼女も気付いてしまった状況の悪さに青くした顔を少しでも和ませようと画策する。
いつもののほほん顔はどこへやら。
恐怖に引き攣り切った顔の彼女が、私の方を見返した。
大丈夫。
エノは確かに空気が読めない所があるし、脳内は「これでもか」っていうくらい平和なお花畑だけど、それでも勝機はちゃんとある。
(これでもエノは、周りの事をよく見てるし考える頭だって持っている)
説明ベタだからあんな素っ頓狂な言い方をしただけで、きちんと順を追って彼女の思考を整理してやれば「存外、最初の言葉が核心をついていた」と、ちゃんと理解できるようになっている。
それを引き出し彼女の整理の手伝いをしてやる事こそ、私が今すべき事だ。
逆に言えば、たったそれだけで事は為せる。
ほんのちょっと手を貸すだけで、彼女は勝手に己の正当性を証明できる、筈である。
チラリと殿下の方を見てみれば、婚約者・ローラと乱入者・エレノアの断罪の場に明らかな横やりを入れてきた私の事も、彼はどうやら快く思わなかった様である。
そんな顔で苛立たしげに口を開いた彼が一体何を言うのかは、火を見るよりも明らかだ。
そしてそんな彼を、私は。
(そう来ると思ってたわ)
もちろん予測出来ていた。
だから私は彼を見る。
冷たく、鋭く、「何も言うな」と。
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