第4話 売り言葉に買い言葉
私が向けたソレに彼は、正しく怯んだようだった。
今まさに開いたばかりの口をパクパクさせる彼は、私についうっかり「私って実は口封じの魔法でも使えたのか」というおとぎ話を思い浮かばせてしまうくらいには滑稽だ。
しかし私は怒っているのだ、彼がエレノアにしようとした制裁に。
だからたった一睨みで彼が得ただろう恐怖などには同情しない。
大切な事なのでもう一度言おう。
確かに私には今、ある程度周りを見る心の余裕というものがある。
だけど怒っている。
幼少からの関係性を今更ながら思い出してももう遅い。
「幼馴染み嘗めんなよ?」だし、「ただの幼馴染でしかない女の睨み一つで黙るなら、最初から何も言おうとするなよ」なのである。
と、そんな風に腹立つ相手の動きをけん制している傍ら、そんな事には気付いていない目の前のニブチンは「心外だ」と言わんばかりに口をつんと尖らせた。
「それは勿論、覚えています! むしろあんなに盛大なパーティー、忘れる筈が無いじゃないですか!!」
先程の言葉の裏の思惑に全く気付かない彼女は、私に良いように転がされて少し恐怖心が薄れたようだ。
純粋で単純な子は、手はかかるがそれに比例して可愛いのが困ったところだ。
しかしこの子。
(もしかして、もう自分の置かれてる状況を綺麗サッパリ忘れちゃったんじゃないでしょうね……?)
あまりに『いつもの彼女』過ぎて、思わずそう思ってしまう。
目の前の事に精一杯取り組む事は、間違いなく彼女の美徳……なのだけど、如何せん一つの事に集中し過ぎるとつい周りが見えなくなるのが彼女の悪い癖でもある。
そう思えばちょっとため息を吐きたくなるが、まぁとりあえず、これで彼女が「何も2人が一度婚約している事自体を忘れているアホではない」という事は、皆にも分かってもらえた筈だ。
そして少し勘のいい大人ならば、「じゃぁ何故あんな事を言ったのか」と改めて、先ほどよりも少し真面目に考える気になった筈だ。
これで少しはやりやすくなった。
因みに彼女が言った通り、例の婚約パーティーは稀に見る規模の大きさで行われた。
おそらく王は、婚約パーティーの場を名実共に『将来を担う2人のお披露目の場』にしたいと思ったのだろう。
催されたパーティーは金に糸目を付けていない様がありありと分かるレベルで為され、パーティー会場だけでなく王都の町中がお祭り騒ぎになっていた。
あの盛大さじゃぁ、むしろ忘れる方が難しい。
というか、忘れていたらそれこそ本格的に本人の記憶力を疑わなければならなくなる。
それほどなので、この質問に対する答えには私も完全に予想がついていた。
そしてそれは、多分私だけじゃない。
そう思いながら思わず笑ってしまった所に、まるでそれを証明するように私たちにわざわざ声を掛けてくる猛者が出現する。
「そっか。こればっかりは流石のエレノア嬢も覚えていたんだね」
クツクツという、良く聞き慣れた笑い声と共に。
流石、というべきなのだろう。
エレノアは無意識に『いつも通り』だが、彼はどうやら、みんなに注目されているこの状況下で意識的にソレを崩さないつもりらしい。
おそらくは、それこそが彼女への援護になると踏んで。
私はエレノアの親友だ。
それは胸を張って言える。
しかしこれも胸を張って私は言える。
彼ほどエレノアをよく見ている人は居ない。
彼はエレノアを信じている。
訳もなくあんな事を言ったりしないと。
そしてその理由はきちんと、周りが納得できる正当性を持っていると。
だからこそ、彼女には『いつも通り』のままで十二分に力を発揮してもらわねば。
そういう配慮が、彼の飄々とした表情から私には見て取れた。
そして同時に、これは周りへのパフォーマンスだ。
こんな風に軽口が叩けるくらいには彼女の事を信じていいと、信じていると、自らの侯爵家の次期当主という立場を利用して、彼は自らの行動で周りにそう示して――否、そういうイメージを周りに植え付けようとしている。
これはそういう、彼なりのちょっと捻くれたアシストだった。
社交のためなら自分を偽る事もある程度は出来るし、私ほどではないにしても時には絡め手も使うし理解もある。
容姿だって上等だ。
基本的に笑顔な事と元々目尻が下がっている事が相まって優男系な雰囲気を醸し出しているが、侯爵として身につけた所作の美しさも相まって殿下より余程王子らしい気品がある。
それに、少なくとも殿下の様にこういう場で情に流され切った判断はしないだろう。
そんな実力者が味方についてくれたのだ。
心強い限りである。
しかしエレノアは、残念ながら物事の裏を意図して読めない子なのだ。
彼の裏に秘めた好意をスルーし額面通りに受け取って、彼女はムッとしてしまった。
「『流石のエレノア嬢も』って、一体どういう意味ですかっ! というか、モルド様はちょっと黙っていてください、今せっかくシシリー様とお話してるんですから!!」
邪魔しないでください!
そう言った彼女は敵意むき出しで、キッと彼を睨みつけた。
しかしまぁ残念というべきなのか、幸運にもというべきなのか。
後者は見事に不発である。
元々ほのほのとした気質の彼女だ。
ちょっと睨み上げた程度では、一見すると上目遣いのいじけた少女にしか見えない。
つまり微笑ましくはあったとしても、全く怖くは感じない。
しかもこれで本人はあくまでも本気で反撃しているつもりらしいのだ。
最早可愛らしさしか抱けない。
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