第2話 言っておくけど私は別に、面倒見が良いとかじゃない
そうでなくても突然始まった婚約破棄劇場に、周りは騒然としていたのである。
その辺の男女の破棄騒動ならまだ良かった。
しかし彼らはこの国の王太子とその婚約者、彼らの結婚は国の未来に大きく関わる。
こんな事、本来ならばこんな所でする話ではない。
たとえここが国の最高峰爵位・公爵家が主催する夜会でもだ。
それなのに重ねられた、あろう事か「貴方達って婚約してたの?」という言葉。
周りの大人たちの顔を見る限り、おそらく破棄など寝耳に水だったのだろう。
事の重大さに驚き戸惑い、まだ状況を呑み込めていない消化しきれていないのにその上からそんな爆弾を投下されたのだ。
お陰でみんなの「えぇーっ?!」という心の声が今にも聞こえてきそうである。
そんな爆弾を投下した彼女はというと、萌黄色の衣装を身に纏い肩まで伸びた緩くウェーブがかかった栗色の髪をした子であった。
名をエレノアと言って、これでもれっきとした伯爵家の令嬢だ。
そして何より。
(この子こそ、残念ながら私がただ一人『親友』と認めた令嬢なのよねぇー……)
どうだろう、きっとみんなにも私が頭を抱えた理由がお分かりいただけたんじゃないかと思う。
権力者の浅慮も、張り詰めた空気も、周りの困惑も。
その全てを切り裂いた張本人は、今純粋な驚き顔を浮かべている。
なんかこう……「のほほん」というか、「間の抜けた」というか。
そんな空気を纏ったままで。
(それにしてもこの子、今自分が何をしたのかちゃんと分かってるのかしら)
そんな風に心の中で呆れながらも、既に答えなど出てしまっている事を私はちゃんと自覚していた。
彼女にはきっと、自分がやらかした自覚はない。
彼女がたまにこうしてその場にそぐわない素っ頓狂さを発揮する子だからこそ、そんな風に確信している。
そう、これはなにも今に始まった事ではない。
そもそも彼女自身に悪意は皆無だし、何よりこれは『思わずポロッと形式』で垂れ流された思考の欠片に過ぎないのだ――少なくとも、彼女の中では。
呆れずにはいられない。
が、そんな彼女のお陰で少し、こんな所でやらかしてくれた殿下への怒りが少し沈下されて冷静になれたのも事実。
そして何より、彼女は私の『親友』である。
そんな彼女が、酷く感情的になっている殿下の前であんな事を言ってしまった。
その事事態もさる事ながら、婚約者・ローラを故意に晒し者にしようとしている今、話に水を差された事に彼が憤らない筈は無い。
頭に血の上った権力者ほど面倒な物は無い。
特に権力によって、その時の冷静じゃない決定を実行できてしまう辺りが。
私は一度「ふぅー」と深いため息を吐いた。
助けない……という選択肢は無い。
別に私はこんな事に首なんて突っ込みたくはないけれど、この事自体には当事者でも何でもないけれど。
それでもやっぱり、手を貸さない訳にはいかない。
でなければ、最悪彼女は死ぬだろう。
本当に仕方のない子だ。
仕方のない状況だ。
仕方が無いから、どうにかしてやらねばならない。
彼女一人でこの危機を回避できるとは思わないし。
ならば少し、状況を整理してみよう。
一体何が問題で、どうすればミッションクリアと言えるのか。
目的を明確にする事が、事をうまく運ぶコツだから。
まず、今宵の夜会の飛び入りイベンター……もとい婚約破棄の首謀者は、少なくとも外面だけは良い王太子。
昔はともかく最近は王子然とした振る舞いが出来るようになっているし、今まで王太子としての大きな落ち度もありはしない。
だから、貴族や国民に過度な悪感情を抱かれているという事は多分無い。
それだけに、『突然公衆の面前で婚約破棄を突き付ける』という鬼畜の所業を成した今も、彼への視線は「えぇー、何でそんな事を……」というちょっと引き気味なものがある傍ら、「あの殿下がこんな風に破棄を告げるくらいなんだから、よっぽどの事があったんだ!」と婚約者の方に厳しい目を向けている者も居る。
それ以外は、おそらく単にゴシップ好きか、婚約者の方に含むところでもあるかなのだろう。
楽し気に、興味津々にこの騒動を眺めているという状況だ。
片やその騒動の相手である婚約者・ローラ。
彼女に関しては、悪感情なんてとんでもない。
私と同じ公爵家の令嬢である彼女は、私よりも余程周りからの支持が厚い。
貴族からは彼女の淑女度合いと優秀さを評価されてのものであるが、慈善事業に積極的な彼女は平民からも『聖女』と慕われ多くの支持を受けている。
品行方正な令嬢で、誰からも「未来の王妃としては、これ以上に無い人物だ」と言われているくらいの人だった。
そんな2人が婚約したのは今から5年も前の事。
そして今年は、互いに15歳になる歳だ。
だから「そろそろ結婚するのでは?」なんて囁かれ、周りはみんな祝福ムードになっていた。
――それなのに。
色々と知っていた私でも「それなのに」と思うのだ、何も知らなかっただろう大人たちが寝耳に水よろしく混乱するのもよく分かる。
そして混乱から解け始めた一部貴族が、顔に「これはマズいのでは」と言わんばかりの顔になり始めたた理由も、よく分かる。
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