第3話 現実


 並木竜真なみきりゅうまが出て行ったあとの屋敷内は業務に移った。従業員たちがエージェントから連絡を受けて状況を確認し、情報の共有と指示を行っている。


 屋敷の中にあったはずの檻や、閉じ込められていた奴隷や、並木竜真を案内していたスーツ姿の男はいなくなった。否、そもそもそんなものは存在していなかった。



 全ては彼の見た幻覚だった。



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 マクラグレン・グループは、異世界から召喚された人間の管理を一手に担っている会社だ。

 社長はこの国の公爵令嬢、アレクサンドラ・マクラグレンが務めている。副社長はカイ・タチカワ。アレクサンドラと共同で会社を設立した人物であり、勇者として魔王との対談を行い、友好条約を結んだ立役者である。



 勇者は名目上「魔王討伐」のために召喚され、彼らにもその旨の説明がされる。しかし、実態は国が使役できる武力を手に入れ、勇者の強大な力で他国を制圧しようとしているのだ。


 マクラグレン・グループは国に全面協力し、勇者の制御をより確実にするべく特殊な人材を派遣する。あるときは同じく召喚された勇者というていで、あるときは盗賊に襲われていたという体で、またあるときはという体で。


 そうして派遣された彼らは勇者たちを監視し、情報を本部と共有することで勇者の制御に必要な行動をする。彼らは、勇者に媚びを売りながらも任務を遂行し、協力者とのとっさの連携や不測の事態への対応などもできるように訓練されたエージェントたちだ。彼らのおかげでこの国は多くの国を間接的に制圧し、最大の国としての地位を保っている。


 マクラグレン・グループは人材派遣にとどまらず、召喚時に勇者の精神構造と思考を改ざんし、安定した兵士としての行動を取らせやすいような処理をあらかじめ行っている。しかし、この処理には一つだけ問題があった。

 それは、「彼らが保有している知識によっては、国の支配下に置かれることを良しとしない場合がある」という問題だ。ちょうど並木竜真のような個体がときおり現れてしまうのだ。


 これに対処するべく、マクラグレン・グループは「幻覚」を利用した。グループの所有する不動産を初めて認識した勇者は、それが奴隷館であるという強い幻覚を見る。そういう”魔法”がかけられている。そして、乗り気ではなくとも必ず奴隷館内に入るように誘導され、「奴隷に扮したエージェントを買う」という行動を取らされる。これによって、単独行動を取ろうとする勇者も制御できるようにしているのだ。




 ララ、アリア、ジャローはマクラグレン・グループに所属する非常に優秀なエージェントである。彼女たちは今世紀最強と推測される並木竜真の元に派遣された。そして、一日目で彼の懐柔に成功した。事前の精神と思考の処理も相まって、マクラグレン・グループは彼の制御をすでに完全なものにしている。


 並木竜真はかつて平均以下の容姿や能力を持っていた。それを理由にして虐げられたり不当な扱いをされたりしたわけではなかったが、厄介なことに彼は非常にプライドが高かった。

 そのため、彼は自分よりも優れた人間に対して無条件で敵意を持っており、自分が特別扱いされないことに強い不満を抱いていた。加えて、些細な欠点であっても人の悪いところは徹底的に卑しめ、常に見下せる理由を探す癖があった。


 彼は召喚に適した体質を持っており、勇者となって能力は飛躍的に向上した。彼の性格は召喚後もそのままだったが、元々自分が世界の中心だという無意識の思考癖があったため精神と思考の改ざんは非常にうまくいった。

 しかし、彼のその性格故、エージェントには辛い任務になることは確定していた。だからこそ、とりわけ優秀な彼女たちが選ばれたのだ。無礼で浅慮な彼をおだてて制御しやすい状態を保つという、ひどく苦しい任務に。





 場所は変わって、マクラグレン・グループの本社。


 並木竜真の担当になった従業員たちは、彼の制御に成功したという知らせを聞いて一安心した。最強クラスの彼の制御は絶対に成功しなければならないプロジェクトだったため、関係者たちは皆ピリピリしていたのだ。


 しかし、安心したとしても業務の手を抜くことはない。どれほど確実な状況であっても、その確実をより確実にするために彼らは動く。それが彼らの、国の未来を背負う者たちとしての責務であり、プライドだった。




 それでも、勇者を一人の人間として見た時に思うところはあるだろう。

 休憩時間中にぽつりと、従業員の一人である男が呟いた。


「せっかく強くなったのに、あんな性格じゃあな」


 すると、背後にいた別の従業員がその独り言を拾い上げて言った。


「仕方ないんじゃないか。世界をまたいでも、ここは現実の延長なんだから」


 ぱっと振り返った先にいたのは彼の同僚だった。

 男はあると思っていなかった返答にハハッと笑いながら言う。


「ああ、そうだな。都合の良い奴隷を安値で売る奴隷商が湧いて出てくるほど、現実は甘くない」



 彼らは笑って勇者の文句を言った。重要な情報を漏らさないように曖昧な悪口で構成された会話であったけれど、彼らの溜飲を下げるには十分だった。


 しかし、会話の途中で意図せずエージェントの話が出てしまった。

 勇者たちの所業を思い浮かべて、自然とエージェントたちの報告まで思い出してしまったのだ。


 マクラグレン・グループのために勇者を制御し、自分の人生さえ捧げるように任務をこなす彼らの報告は、聞いているだけの者にもその苦しみを味わわせた。


 先ほどまでの明るい雰囲気は急に暗くなった。エージェントの境遇を思って、思わず一人が言った。



「しかし、勇者の制御のためとはいえ、エージェントにはかなり負担を強いてるよな」


 それを聞いたもう一人は目を見開いた後、うつむいて何かを思いつめた様子だった。そして、今まで吐き出せなかったものを吐き出すように重い口調で言った。


「……たまに、思うことがある」

「なんだ?」


「この会社は、勇者たちにエージェントという奴隷を与える奴隷商なんじゃないかって。あいつらの都合の良い現実のために犠牲にされる彼らは、仕事でしてるんだってわかってても、奴隷みたいに思えてくるんだ」


 自分が思っていたことと同じような内容を口にされて男は息を詰まらせた。隣でうつむく同僚にならって彼もまた首を垂れると、エージェントの報告を思い出して言った。


「言うなよ、そんなこと。皆思ってる」

「でも、」

「言ってしまったら! ……自分が外道をやってるって現実が、見えちゃうだろ…………」



 その後は沈黙が続いた。

 休憩時間が終わるころになって、彼らはようやく顔を上げた。



 一人が気持ちを切り替えるように息を吐いて「よし」というと、「大げさだなあ」ともう一人が笑った。


 そこにはもう、暗い雰囲気は無かった。





 自分に都合の良い夢を見ていたい。辛いことからは目を逸らしたい。

 だからきっと、現実にだけ焦点を合わせて生きていくというのは、勇者にも、従業員にも…………誰にも、できないことなのだ。


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奴隷商、なんてどうでしょう? カネヨシ @kaneyoshi_book

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