第2話 訳アリ奴隷を治癒する


 一人は顔に大きな火傷のような痕がある金髪の少女。その隣には、左の猫耳が大きく欠けた白髪褐色肌の獣人の少女。さらにその隣には、顔や手足に鱗がついている黒髪の人魚の少女。


 並木竜真なみきりゅうまはあの屋敷――くそったれな奴隷館から少女たちを連れて出た。


 火傷痕のある金髪少女と、左耳の欠けた白髪褐色の獣人少女は竜真の隣を歩いた。顔と手足に鱗のある黒髪の少女は脚を動かすことが出来ないので、竜真が横抱きにして連れ出した。




 竜真は王城を出てから宿を取っていた。宿は少女三人を受け入れても狭いと感じないくらいの広さがあった。


 町の人々の視線を集めながら竜真たちが歩いていると、獣人の少女が右耳をぴくんと揺らしながら言った。



「あ、あのっ! ご主人さまの名前を教えてくれない? じゃなくて……えっと、教えてくれませんか?」


 はっとしたような様子で金髪の少女と人魚の少女も続いた。


「わたくしも気になりますわ!」

「あっ、私も……」 


「それなら先に、お前たちの名前を言うのが道理ってやつじゃあないか?」



 竜真はふっと笑って少女たちに言う。


 彼女たちは順に自己紹介した。

 獣人の少女はララ、金髪の少女はアリア、人魚の少女はジャローと言った。

 ララは村ごと奴隷商に襲われて奴隷になり、アリアは辺境貴族の次女だったが借金の方に売られ、ジャローは人間の友人に会うために浅瀬にいたところを捕らえられたらしい。


 彼女たちは何一つ悪いことをしていない。なのに奴隷にされ、人権を奪われ、モノとして売り買いされた。

 竜真はその事実に怒りを覚えた。そして、自分が彼女たちを幸せにしようと決意した。


 しかし、竜真は彼女たちを不安にさせないように怒りを面に出さず、努めて穏やかに名乗った。



「俺は並木竜真だ。リュウマが名前な。一応勇者として召喚されたんだけど、今は冒険者やってる」

「勇者⁉ あの勇者なの⁉」

「すごいですわね。ということは、とてもお強いのでしょうか」

「それなりにな」


 彼らが話をする中で、ジャローは竜真を見上げながら困ったような顔をしていた。


「どうかしたか?」

「わ、私、あんまり陸のこと知らなくて」

「そうか。俺もこの世界のことは全然知らないんだ。一緒に学んでいこうな。ララとアリアは俺らに色々教えてくれ」



 ジャローはほっとした様子で、ララとアリアは任せてくれと胸を張っていた。




 話しているうちに宿に着いた。宿の主人は少女たちの姿を見てぎょっとしたようだったが、暴言を口に出すことはなかった。

 しかし、その様子が少女たちに伝わったのだろう。竜真によって少し気分が良くなっていた彼女たちだったが、また表情を暗くさせてしまった。


 竜真はこのままではいけないと思い、すぐに自分の部屋まで彼女たちを連れて行った。

 そして、彼女たちの悪いとされている部分――火傷の痕、欠けた耳、鱗のついた肌をじっくりと見ていった。



「ご主人さま、なんで私の耳を触ってるの?」



 こそばゆいのを誤魔化すようにしてララが言った。

 それはアリアやジャローも思っていたことだったのだろう。そろって竜真の顔を覗き込むようにしている。


 竜真は彼女たちの疑問に答えるようにして言った。



「君たちが良ければ、これらを治してあげようと思ってね」

「治す?」

「そんなこと……出来るんですか?」

「いいえ。国公認の治癒師でさえ、長時間が経過した傷は治せないはずですわ」

「でも、ご主人さまは勇者なんでしょ?」


 少女たちの視線を一身に浴びた竜真は自信ありげな笑みを浮かべた。


「正確には勇者だった。が、俺ならできる」

「この火傷も、ですの?」

「ああ」

「わたしの耳も⁉」

「私もちゃんと、人間になれるの……?」

「ああ、そうだ。俺なら可能だ」



 少女たちは喜びの声を上げ、涙を流しながら互いに抱き合っていた。


 それを見て竜真は微笑んだ。彼が手を貸すことによって、彼女たちが普通の少女としての人生を歩み始める一歩になればいいと思った。


 少女たちの喜びが一段落ついた後、竜真は彼女たちのを治していった。火傷は跡形もなく消え、耳は元の形を取り戻し、鱗は消えて人間の肌の柔らかさを得た。



 竜真は彼女たちに鏡を渡し、見違えた姿を確認させた。


 傍目に見てわかるほどに彼女たちは表情を輝かせた。治った箇所を確かめるように撫でて、何度も何度も鏡を見る。


 そして、満足して鏡を置いた後、竜真に向かって感謝の言葉を紡いだ。



「ご主人さま、ありがとう!」

「わたくしからも。御主人様、ありがとうございます」

「えっと、ご主人様? あ、ありがとうございます」



 再び見た少女たちはとても綺麗になっていた。恵まれた容姿だけがそうさせているのではない。心のどこかで自分を卑下していた原因が無くなり、曇りなき笑みを浮かべているからこその美しさだった。

 少なくとも、竜真にはそう思われた。



「ああ、本当。きれいになったよ…………これから、よろしく頼むな」

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