奴隷商、なんてどうでしょう?
カネヨシ
第1話 訳アリ奴隷を買う
中世ヨーロッパを
町民たちはその屋敷を避けて歩いていくが、屋敷の前には頻繁に
今日は装備品を中心に買い物をして町を歩き回っているところだった。
竜真がその奇妙な屋敷を不思議に思っていると、屋敷からスーツ姿の男が出てきて彼に話しかけた。
「当店にご興味がおありでしょうか?」
「当店? 店なのか?」
「ええ、そうですとも! あの屋敷は我らがマクラグレン・グループの所有する店舗の一つで……」
大げさな話し方をしていた男は急に静かになり、周囲をちらりと確認した。
そして、竜真に一歩近づき、そっと顔を寄せる。
「少々特殊な人材を取り扱っております」
スーツの男は竜真の耳元でそうささやいた。その顔には気味の悪い笑みが浮かんでいた。
竜真は眉をひそめた。屋敷に入っていくのは貴族ばかりで、自ら赴いて人を雇うなんてことをする立場の人間ではない。そして、「特殊な人材」という男の言葉……。
「奴隷か」
「おやおや! お客様はたいそうご聡明でいらっしゃる!」
「……お前ら、趣味が悪いな」
竜真は男をにらみつけた。
「そうおっしゃらずに! ちょっと覗いてみるだけでも結構ですから」
「わかった。見るだけなら」
この国にはどうやら奴隷制度があるらしい。くそったれな制度だが、ここで暮らしていく以上知っておく必要があるだろう。
竜真は男に連れられて屋敷の中に入っていった。
屋敷の装飾は華美なくらいに豪華で、贅沢の限りを尽くしたような調度品が並んでいた。しかし、それをじっくり観賞することもできないほどに奇妙な光景が、屋敷の中には広がっていた。
大小さまざまな檻に入れられた人々。
女がとりわけ多く、次にきれいな顔立ちの子供、大柄な男といった具合に目に付いた。女子供には上等な衣服が着せられているが、その表情は暗く陰鬱だ。
「これが、奴隷……」
「そうでございます! 皆さま初めての時は抵抗があるようですが、当店の商品をご覧いただくとすぐにご機嫌になられますよ!」
そう言う男からは奴隷たちを見下したような……いや、奴隷を”人”ではなく”商品”として見ているような気配を感じる。
悪趣味な屋敷と案内役の男を見て竜真は吐き気がした。そして、一刻も早くここから立ち去りたいと思った。
しかし、そんな竜真の気持ちを知ってか知らずか、彼は意気揚々とこの屋敷についての説明を始めた。
「うちはこの国一番の奴隷館でして! 没落貴族の美女や歴戦の戦士、博識のエルフ、伝説級の魔人、珍しいとこだとドワーフなんかも取り扱っております。
さあさあ! 奥の方も御覧ください! 冒険者様にもきっと気に入っていただける商品がございます!」
男が奥の部屋へ竜真を案内しようとする。
竜真はそれを拒むように他の場所に視線を向け、ふと、入り口が布で遮られているだけのスペースがあることに気付いた。
そして、そこだけが豪華な屋敷の中で異様に浮いているような気がした。
「……おい、あっちの方は何だ?」
「ああ、あちらですか。あそこには欠陥品が置かれていて……到底お客様にお出しできるような商品ではございません。三日後にまとめて売り払うことが決まっているゴミですよ」
男はそれまでのハイテンションとは打って変わった面倒そうな口ぶりで言った。
竜真はなんとなくその場所が気になって、男が引き留めるのも構わずにそこへ歩いていき、布を取り払った。
そこには三人の少女がいた。三人全員が十代のように見える。
一人は顔に大きな火傷のような痕がある金髪の少女。その隣には、左の猫耳が大きく欠けた白髪褐色肌の獣人の少女。さらにその隣には、顔や手足に鱗がついている黒髪の少女。
服とも言えないぼろ布を着ている彼女たちは、竜真が入り口の布を取った瞬間にびくりと震え、身体を縮こまらせた。
「ああ! お客様! 困りますよ!」
「おい、こいつらがゴミだってのか」
「え? ええ、そうですけれど。見ればわかるでしょう?
顔に傷のある女なんて何にもなりませんし、耳が欠けた獣人は愛玩動物としての商品価値がありません。一番ひどいのはそこの人魚。どこから手に入れたのか知りませんが、粗悪な変身薬を飲んだせいで人間になり切れずに鱗が残って、さらにはまともに歩くこともできない。
ああまったく、付き合いで仕入れたはいいものの結局ゴミにしかなりませんでした。売ったとして、維持費を考えればマイナスですよ」
竜真は男に対して強い憤りを感じていた。
自分と同じくらいの年齢の少女たちが「ゴミ」と言われてその価値を否定されている。人権なんてものは無い。
男にとって、この屋敷にとって、あるいはこの国にとって、彼女たちの命は”コスト”や”売上”で勘定されるモノでしかないのだ。
「いくらだ」
「まさか、お買い上げになるおつもりですか? 他にもっと良い商品がございます! 悪いことは申しません。他の商品になさってはいかがでしょうか」
「いや、こいつらがいい。俺が買い取る」
「そうはおっしゃっても非売品ですので……」
ちっ、と舌打ちをした竜真は男の胸倉をつかみ上げ、ドスの利いた声で言った。
「ここの一番高い奴隷はいくらだ」
「ひいっ! さ、三千万! 三千万ゴールドです!」
「ほらよ」
竜真は手切れ金として国庫から奪ってきた金をアイテムボックスから取り出し、男に三千万ゴールドを叩きつけた。
胸倉をつかんでいた手を離すと、驚いた様子の男は突然現れた三千万ゴールドを慌てて拾い始めた。金貨を一枚ずつ集めていく様は滑稽だった。
「これでこいつらを買い取る。文句はないな」
「は、はい! はい! 文句はありません!」
竜真は地面に膝をついている男を後目に少女たちの側へ寄った。
少女たちはおびえた様子だったが、竜真が真ん中にいた獣人の頭を撫でると目を見開き、身体の力が抜けた。
「人は何か欠けてるくらいが可愛いもんだぜ。それに、尻尾の毛並みは他に負けないくらいきれいだ。
そこの君も、火傷なんて気にならないくらいに元が美人なんだな。輪郭だけ見てもわかるぜ。それに目が美しい。
そんでそっちの君。俺の故郷じゃ人魚は美人って相場が決まってるんだ。実際見たのは初めてだが、鱗だって魅力になるくらいに可愛いじゃないか」
竜真は少女たちの頭を順に撫でていった。
彼女たちは竜真の言葉を聞いて心を開いたようだった。
彼女たちは皆、自分の容姿にコンプレックスを抱いていたのだろう。商品価値がなくなるというのは容姿を貶められたも同然だ。
奴隷というだけで人生はお先真っ暗だ。貴族に買われて愛玩されるのも屈辱だが、二束三文で売られた先では尚のこと何をさせられるか分かったものではない。
少女たちにとって、竜真は救世主のように思えたのかもしれなかった。
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