ニのメ <中>

「よく無事だったわねぇ」

「何だ?その少し残念そうな顔は?」

 場所は扇海亭せんかいてい近くの喫茶店。

 アキモク情報屋に呼ばれ戻ってきた野々口と一葉の向かいには、煤で汚れた姿の当人がいる。

「でも、こんな近くで大丈夫なんですか?」

「下手に逃げる方が見つかる」

 未だ騒ぎは治まっておらず、扇海亭せんかいていの方からは煙がまだ上っている。

「これがお隣さんのやり方なのかしらね?」

「だとしたら滅茶苦茶だよ。でも何でアキモク情報屋さんを?」

「理由は大体分かってる」

「それって何よ?」

「…」

 唐突に黙るアキモク情報屋

「何よ?」

タダ無料で聞く気か?」

推理不確かな情報なんか売りつける気?」

「入り用なんだよ。しばらく身も隠すからな」

「まぁ、料亭も吹っ飛ばされたんだから、商売に響きそうですね」

「もうあそこで事務所は開けないだろうな。大損害だ」

「それは扇海亭の方でしょ」

「今度は間借りじゃなく自前で用意してください」

 と、情報料でなく推理料を払う野々口。

「せっかくなら、どうやって助かったのかも聞かせてくれる?」

 と提案する一葉。

「わざわざ聞く必要あるのか?」

「代金払ったんだから、せめて面白い話も聞かせてよ」

「払ってるの僕なんだけど」

「さぁ」

 野々口を思いっきり無視して続ける一葉。

「盛りようのない単純な話さ。爆弾を窓から投げ込まれただけだ」

「その時に部屋にいたんですか?」

「ああ」

「それが爆発した時も?」

「ああ」

「ほんとによく無事だったわねぇ」

「だから何で少し残念そうなんだよ?」

「まぁまぁ。そこをどうやって?」

 宥めながら話を促す野々口。

「丁度部屋のドアを開けた直後だったんでな。廊下に吹っ飛んで命拾いした。その後、逃壕とうごうを通って逃げた」

 老舗料亭には必ずある脱出路の事だ。

「あなたも大物政治家の仲間入りね」

「嬉しくねえな」

「褒めてないもの」

「なら良かった」

「その後、僕らに連絡を?」

「ああ」

「追撃はなかったの?」

「警戒してはいたが、なかった」

「雑なやり方ね。昔のヤクザ映画じゃあるまいし」

「殺しが目的じゃなかったのさ」

「脅し《警告》?」

 アキモク情報屋は頷いた。

「駅の時点から、監視されてるのに気づいてたんだろうな。で、嗅ぎまわってる奴らの本元を潰しに来た」

「なぜ身元が?…ああ、親方福和田さんか」

「ああ」

飛んでる蜂蜜蜂がウザいからって、わざわざ大元を焼きに来る?」

「それが向こうやり方流儀なのかもな」

「一応、ここ外国なんだけどね」

「郷に従うつもりはないってことは、まだまだ荒れそうだね」

「ああ。蜜蜂ハッチには全員潜るように知らせといた」

「賢明です。直接奴を見た人は間違いなく狙われるだろうね」

「駅の人も逃がした?」

「もちろんだ」

「良かった。まぁ、結果として脅しの効果は抜群ね」

「仕方ないさ。既に二人も犠牲者が出てるからな」

「二人?あの爆発で死人は出てないでしょ」

「ゴミ出しに出てた仲居。あと、奴のホテルを張らせてた蜂が戻ってきてない」

「どっちも殺られた?」

「間違いないだろうな。同業にも警告は出した。もうこれに関しては、蜂からの情報は仕入れられねえ」

「命を選ぶのね」

「悪いか?」

「いいえ。正しい事ですよ」

 ふっと笑みを浮かべる野々口。

「命より仕事選ぶバカなんて、殺し屋わたしらだけで充分よ」

 自身に満ちた顔でそう告げる一葉。

「頼もしい限りだ」

「とは言っても、次はどう探ればいいか」

「取っ掛かりならあるぜ」

「本当?何?」

「…」

 またそこで黙るアキモク情報屋

「はいはい払えばいいんでしょ!」

「だから払ってるの僕」

「ありがとよ。ところで俺の注文はまだか?」

「メニュー全種頼んどいてすぐ来る訳ないでしょ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忌数のメ Aruji-no @Aruji-no

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ