一のメ <後>

 ✘


 入船街いりぶねがい扇海亭せんかいてい

 50年以上の歴史を持つ老舗の料亭だ。紹介制の一見お断りであり、その決め事の遵守に表裏は関係ない。

「僕らは入れるのかな?」

「心配ないわ」

 自身満々な一葉は、店内に入る。

「いらっしゃいませ。ご紹介ですか?」

 対応した仲居おねえさんは、和装が良く似合うまだ若い女性だった。しかし、その物腰には気品と自信が感じられ、であることがすぐ分かった。彼らが会員ではないことも一目で見抜いていた。

「招待されたの。二階の専有席の人にね」

 その言葉だけで、仲居おねえさんは事情を察したようだ。

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

「ありがと」


 ✘


「直買いした奴らが何の用だ?」

 2階の専有席。

 豪華な懐石料理に囲まれたアキモク情報屋は、開口一番にそう言い放った。

「あら。もう伝わってるのね」

「そうじゃなかったら、コケにしてたろ?」

「見抜かれてたね」

「チッ」

 不満げな表情を見せながら一葉は、アキモクの向かいに座り、手近にあった握り寿司を口に押し込んだ。

「母さんみたいな事言わないで。ってこれちょっとしなびてない?」

「それでも旨いのがこの店だ」

「すぐ食べないなら何で頼んでるのよ?」

「喰いてえと思った時にすぐ手を伸ばせるようにさ」

「待つの嫌いなんですか?」

 と野々口。

「ああ。待つのも待たせるのも嫌いさ」

「なら、あたしたちを待たせりもしないわよね?」

「当然さ。商品欲しい情報は揃えてある」

 言いながら、お猪口についだ酒をぐびりとあおるアキモク。

「では料金はこれ一括で」

 野々口が料理の隙間を縫うように情報量を差し出した。

「ほう。裏票か」

「ちょっと。大盤振る舞い過ぎじゃない?」

「ごあいさつ代わりだよ。いい働き蜂も扱ってるしね」

「いい客だなあんた。うちの上客にならねえか?」

「ちょっと。あたし本来の上客の目の前でやること?」

「考えときます」

「おいこら」

 一葉がいろいろ不満を抱くも、野々口の提示した料金にアキモクは納得したようだった。

「それで、何から話せばいい?」

 と、生け作りをつまみながら聞くアキモク。

「順取りで最初から。…いえ、旅行者が駅から出たところからお願いできる?」

 母からもらった情報は、駅での目撃談だけだった。

「要は昨日の足取り全てってことか」

「いいえ。全てよ」

「更新された情報も、その都度買いで」

 追加の裏票をちらつかせる野々口。

「承知した」

 と、筑前煮をつまみながら了承するアキモク。

「それで、駅を出た後の華人かこくじんは?」

「その言い方はさすがに差別を感じるよ。旅行者でいいじゃん」

「あんたの表現も何か厨二臭いのよ」

 ひと悶着あるも、結局呼び名は旅行者で落ち着いた。

「まず、扇橋を出てから向かったのは桂通りだ」

「確か?」

「道中を三人の蜜蜂ハッチが引き継ぎで監視していたんだ。間違いない」

「移動は?」

「徒歩だ」

 言いながら、天ぷらを頬張るアキモク。

なのに変わってわね」

「ただ変わってるだけか。警戒してか…。ちなみに、アキモクさんとこの運転手は何人?」

「たくさんだ」

 タクシーは彼の世界では生きた情報網インターネットであり、運転手として潜伏している蜜蜂ハッチは多い。

「桂通りよね。歩きなら軽く三十分はかかるわね。その間寄り道は?」

「無しだ」

「桂通りには何の目的で?」

「三遊亭に入っていった」

「ここに並ぶ老舗料亭ね」

「いやいや、ここ以上さ」

 と、茶わん蒸しをかきこみながら言うアキモク。

「まぁ、星半個程は上かな」

「散々居座ってる人間がそれ言う?ならそっち行けばいいじゃない」

 呆れながら、もうひとつ寿司をつまむ一葉。

「あそこは無理だ。表裏問わずお偉方の常連が多いからな」

「まぁ確かに」

 と野々口。

 その料亭を含め、桂通りは世界を巻き込んだ史上最悪の外交全大陸争乱の際の大空爆でも奇跡的に生き残った場所であり、復興に貢献した初代親方たちと深い絆を紡いでいた。その関係性は今も続いている。

「なるほど。福和田さんがここで繋がるんですね」

「あ」

 彼も三遊亭の常連であることを思い出した一葉。

「あそこも紹介制よね?」

「そうだな」

 と、お吸い物をズズズ…と啜るアキモク。

「まさかとは思うけど、その紹介者って福和田さん?」

「当てちまったな。ここの分は差し引いとくぜ」

「…嬉しくないわね」

 とため息をつきながら、手元の熱燗をそのままあおる一葉。

「ぬるいわよ」

「すぐおかわりしたくてな」

 一般の華国からの旅行者を超高級料亭に招待する。彼が動いていた理由はここにあるようだった。

「三遊亭にも蜜蜂ハッチが?」

「いいや。反感人の方さ。どんなとこにも、大した理由なく反発する奴はいるもんさ」

「小遣い稼ぎできる程のもの情報は持ってきたの?そいつは?」

「ああ。専有席でその旅行者と福和田さんがいるところを見たそうだ」

「二人っきり?」

「いや、もう一人男がいたらしい」

「別の親方ですか?それとも福和田さんのお付きか何か?」

「福和田さんの後ろに立ってたらしいから、多分お付きだろうって話してたな」

 と返しながら、焼き魚をほぐし口に運ぶアキモク。

「そこではどんな話してたの?」

「それは無理だ。専有席で盗み聞きなんてしたら問答無用でクビだぜ」

 事実、官僚ネタを目当てに潜入する記者はこの手の料亭では、後を絶たない。

「何よ。中途半端ね」

 ぬるい熱燗を再び口に運ぶ一葉。

「他に何かありませんか?」

 二枚目の裏票を差し出す野々口。

「そう来ると思ってさっき連絡してみた」

 湯豆腐を頬張りながら返すアキモク。

「その反感人にですか?」

「ああ。今日は休みらしくてな」

「追加で何か聞けた?」

「大した後乗せはないが、まずマフラーの事は聞いてみた」

「マフラーですか」

「…」

 二人の身体がピタリと止まった。

「そいつも、聞かれるまで忘れてた事に驚いてたぜ。席に着いた後も巻いたままだったらしいからな」

「それって向こうの作法か何か?」

「倭人としては、許しがたいよな。戦争起こした外交しくじったのも納得だ」

「戦犯はテーブルマナーとは、面白い考察ですね」

「そんなんで料理食べれたの?」

「食ってないんだと」

『は?』

「そのは一時間足らずで終わったらしいが、旅行者側の皿は一切手が付けられてなかったそうだ」

「お茶の一杯も?」

「見た限りはな」

『…』

 しばし沈黙する二人。

「続きは聞くか?」

 伊勢海老を頬張りながら訪ねるアキモク。

「ええ。そこを出た後は?」

「通り近くの雷門ホテルに入って、そのままだ」

「今日もまだ出てきてない?」

蜜蜂ハッチに交代でロビーを見張らせてるが、今のところ連絡無しだ」

「反感人はいないの?」

いないところでな」

?」

な」

 言いながら、酢の物をつまむアキモク。

「それだと、ロビーを見張るだけじゃ限度があるわね」

「誰か訪ねたとしても判別が付かない」

「分かってるよ。だが、そこがうちらの限度だ」

「そこってチェックアウトは何時?」

「二時だ」

 まだ一時間以上はあった。

「一泊かどうかも分からんぞ」

「単なる指針のひとつよ。ただ待ってるには時間が余るわね」

 と、ぬる燗を飲み切る一葉。

「じゃあ、彼の情報をいただけますか?」

「彼?」

「気づいてたか」

「情報屋が言葉を濁した時は、大体売り物新商品絡みでしょ」

「ちょっと。誰の話してんの?」

 一人分からず置いてかれる一葉。

「やっぱり上客を変えた方がいいかもな」

 ふぐ刺しを重ね食いしながら笑うアキモク。

「会食の席にいた三人目の男だよ」

「お付きの人のこと?」

「いいや。先に出てきたところを蜜蜂ハッチにつけさせて分かったが、領交館りょうこうかんの職員だった」 

「領交館?な国家公務員じゃない」

のな」

 領交館とは、他国との政治活動を円滑にするための橋渡し仲介役的な立場にある機関であり、国際問題が発生した際の措置も一任されている。未だ緊張状態を引きずるかこくとの往行も、他機関と比べてだが頻繁に行われている。

「反感人なの?」

「それとは少し違うみたいでな」

 熱燗を一本空けながら答えるアキモク。

「どういうことですか?」

「今朝分かったんだが、どうもそいつは福和田さんの遠縁にあたるらしい」

「ただの親戚?つまりはただの反感もない一般人?」

「そうなるな」

『…』

 縁者という理由だけで、反感の意志のない者に仕事をさせた。

 これはなかなかな掟破りタブーであるが、二人はそれを口に出すことはしなかった。

「どうする?そいつも今日は非番らしいぞ」

 住所も割れてるということらしい。

「まぁ、まだ反感持ちでないと決まった訳じゃないしね。話を聞くぐらいならいいんじゃない?」

「そうだね。それぐらいなら掟の範疇だよ」

 若干言い聞かせるように話す二人。

 アキモクから職員の住所を聞き、出ようとする。

「ああ。出るついでにすまん」

「何?」

「仲居に、追加の寿司と熱燗を頼んどいてくれ」

「はぁ。熱燗はともかく寿司ならまだあるでしょ」

「お前が食っちまったものを食いたくなったらどうするんだよ?」

「知らないわよ!」


 ✘


「さて。これは、どういうことかしらね?」

「少なくとも、彼はって事は確定かな」

 二人は領交館の自宅の中にいた。

 そして、彼らの目の前には、目を見開き、舌を口からだらりと垂らした領交館職員の死体が椅子に座らされていた。その首には細糸で締め上げたような凹みがあり、周辺は紫色に変色している。そして、首元が✕の字に切り裂かれていた。

「死んでからまだ2.3時間ね」

「連絡はなし。監視の目には気づかれてたって事か」

 時刻はチェックアウト三十分前。

「何で殺されたと思う?立場からして、仲介したのはこいつよね?」

「粗相をしたか。初めから使い捨てる気だったか」

「尊大か非道な奴か。もしくはその両方ね。手がかりを探す?」

「おそらくないよ。手並みも鮮やかだ」

「一度、扇海亭せんかいてい戻る?監視撒かれてた事突っ込めばサービスしてもらえるかも」

「そういうケチ臭いことはいい加減やめなよ」

 呆れながら、携帯を操作する野々口。しかし、唐突に手が止まり、画面に釘付けとなる。

「どうしたの?」

「…扇海亭せんかいていで、爆発が起きたって…」

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