一のメ <中>
「あいつね」
「国鉄の駅舎内に浮浪者?」
「法律にうるさい輩の通報があれば、派手に追い出して見せる。そして別人となっていつの間にか戻ってる」
「別色の
その浮浪者は茶色いシャツを着ていた。
「先月は灰色を着てたわね」
✘
「ああ。確かに見たぞ。すぐに
「旅行者は
「そいつの特徴は?」
「伝えたって言ったろ。何で俺から買おうとする?」
「蜂は直販禁止でしたっけ?」
と、野々口が
「そうは言ってない。接客に慣れてなくてな」
男は代金を握りしめ、そそくさと懐にしまった。
「背丈は175。精悍な顔つきで、30代前半の若い男だ。細身で
「
「ああ。黒の上下だった。地図版を眺めてた時に近寄ってみたが、確かに
「
一葉が野々口に聞いた。
「買えるわけない。裏ルートだとしても
「じゃあ、考えられるのは?以前にも来てお土産で買ったとか?」
「それはねえな」
と
「同感」
と野々口。
「何でよ?」
「一般の観光客が、倭国製の品を華国に持ち帰ることはできないよ。日用品から駄菓子に至るまでね」
「倭国
「じゃあ、どうやったら
「どこで
「着替える場所なら想像がつく」
と
「国交鉄道のホームはここから一番遠くにあるんだが、そこへの連絡通路の途中にトイレがある。下車直後は、入国確認のための最終管所があるから、俺の目に入る前に着替えができる場所はそこしかない」
「となると、
「協力者はいい線だが、あそこは鉄道員も兼用なんだ。国鉄駅だけに頻繁に清掃もされるからな。着替え一式を隠しとくのは無理だと思うぜ」
「まるで、実際に見たことあるような言い草ね」
「駅舎巡りが趣味でな。万一見つかっても、寝床を探してたって言わば充分通用する」
「そりゃさすがね。じゃあ、服はどこで手に入れたっていうの?その管所の管理官がこっそり渡したとか?」
「あそこじゃ書類確認だけで、手荷物検査はないんだ。書類をすり替えるぐらいはできても、こっそり着替えを仕込むのは無理だろう」
「でも検査がないなら、下車する前に入手しててもバレませんね」
「でも、車両に仕込むなんてトイレよりも無理でしょ。それに国交鉄道って首都圏内に入るまでは途中下車はできないでしょ?」
「いや、できるな」
「本当?」
「本当ですか?」
さらに紙幣一枚渡す野々口。
「国境目前の場所には最終出国検査と入国検査を行うための
「両国どちらにも?」
「ああ。互いで互いの入国出国直前後の検査を行う」
「知らなかったわね」
「事実上は観光目的の往来が可能なもんだから、それ向けに一応作られただけの機関さ。
「
「未だに不発弾が埋まってるって噂もある」
笑いながら話す
「そんな職場なら、
「検査に紛れて服を渡したっていうの?」
「
「情報じゃなく推測だが、それ以外はあり得ないと思うぜ。状況証拠でいいならもう一個ある」
「聞きたいな」
さらに紙幣三枚。
「実はここの鉄道員に
「その友達って管理官なの?」
「いや、ヒラの鉄道員さ。
「何て?」
紙幣二枚追加。
「入国者は、
「おやおや」
「どういうことかしらね」
二人が引っかかったのは、もちろん入国者の年齢だ。
「墓場かここの誰かが、内容を偽ったか。もしくは、俺が見たのは無関係な別人かだな」
「その2択なら、後者はないわ。あたしが保証する」
「嬉しいね」
「やっぱりこれは偶然ではないね」
「ええ。誰かによるお膳立てよ」
「その誰かも、もう目星は付いてんだろ?」
「まぁね。僻地とはいえ、国家機関に介入できる人はそういないわ」
「予想以上のものが買えたね」
「ええ。アキモクの
「また何かあった時は」
「おお。羽振りのいい奴はいつだって歓迎だ」
別れを済ませ、二人が外へ向かおうとした時だった。
「ああ~!ちょっと待った!」
近くの通行人も振り返るほどの声で、
「ど、どうしたのよ。目立ち過ぎよ」
慌てて戻る一葉。
「どうしました?」
「すまん。今突然思い出したことがあった。これは
「何の事?」
「その、旅行者なんだがな」
「はい…」
「…マフラーしてたんだ」
『マフラー??』
一葉と野々口が声を揃えて返していた。
「ああ。赤い派手なやつだ。黒のスーツ姿だったから余計目立ってたよ。でも、そんな目立つものを何で俺は忘れてたんだか…」
見落としを恥じるよりも、本当に不可解で仕方ないという様子だった。
「マフラー。時期的には少し早い気がするわね」
「好みか個性かのどちらか。いずれにしろ、直買いの甲斐はあったね」
今度こそ、
「マフラーの情報量です。これを…」
野々口は、紙幣とは違う紙片を
「え。おいこれ。
それは、
「受け取ってください。おそらくそれぐらい重要な情報だった気がするので」
「羽振り良すぎじゃねえか?」
「よく言われます。では」
「せっかくだから赤いシャツでも買えば?」
「目立つだろが」
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