忌数のメ
Aruji-no
一のメ <前>
ここは、横谷横丁。
またの名を、殺し屋横丁。
「それって本当なの?母さん」
南通りで
「いいえ。タダの勘よ。だから、あなたに相談しに来たの」
言いながらも母には、何かしらの確信があるように感じた一葉は、店先に"休憩中"の札を下げ、店の奥へと入った。
「この辺で荒事が起きそうよ」
先ほど、母はそう切り出した。ここ最近で、奇妙な
ひとつは、親方のひとりがやけに動いていたという
「動いた?動いただけ?」
「いいえ。やけに動いたよ」
どう違うのかは定かではないが、親方の一人が他の者の目につくような不自然な動きを見せていたというのだ。しかし、それの具体的な内容までは辿り着けてはいない。
「ちなみにその親方って誰?」
「
「塾の先生の?」
福和田は、東通りで
「あの人?お母さん仲良かったよね?」
「まぁ、よく話はしてたけど、最近は疎遠でね…」
少し端切れが悪くなったように見えるが、母はそのまま話を続けた。
もうひとつは、
「旅行者?外交官とかじゃなくて?」
「ええ。旅行者」
「まだ観光を楽しめるほど、空気は緩んでないと思うけど」
「あなたでもそう思うなら、私の勘も鈍ってないようね」
「偶然じゃないってこと?」
「この世に偶然なんてないって教えたでしょ」
母の目が一瞬、
「そうだった。大抵は誰かのお膳立て。でしょ」
「そうよ。忘れたりしたら、もうお母さんって呼ばせてあげないから」
「それは嫌」
と、一葉は母を逃がさぬように両手を包んだ。
「わたしに任せて。調べてみる」
「いいのかい?」
「遠慮しないで。それに時期親方候補である母さんだって、あまり目立って動けないでしょ。明後日には儀礼も控えてるんだし。今回は献上役なんでしょ?」
「ええ。もういい年なのにそんな目立つ役もらっちゃってね。でも親方の件の方は、気が早過ぎよ。まだ審議の段階なんだから」
実力と実績から見れば、母は親方としての地位と力を持つに申し分ない存在であった。にも関わらず、審議が長引いているのは、彼女が女性であることが全く無関係という訳ではなかった。
「でも、一人でやる気?普段の仕事とは毛色が違うわよ」
「親方が関わってるんでしょ?下手に他の人間巻き込むのも悪いし」
「まぁ、それもそうね。そもそもこの会話自体もあまり聞かれるとまずい訳で…」
-っ。
それはとてもささやかな、音とも言いがたい程の床の軋みであったが、
✘
「あ、あはは。お邪魔してます…」
母子によって、首筋に
「あら、ひでちゃんだったの」
「勝手に上がりこんで何してるの?札あったでしょ?」
相手が身内と知るや、
「いや、通りかかったら店内に会計待ちのお客がいてさ。律儀に休憩終わりを待ってたみたいだから、教えとこうかと」
「何よ。なら店先から呼べばいいじゃない」
ここでようやく一葉は栞を納め、足早に店内へと戻っていった。
✘
「え?どういうこと?」
「だから、手伝うよ。僕も」
接客から戻ると、野々口は母から事情を聞いたのか、調査に協力すると申し出てきた。
「どういう風の吹き回しよ?」
「いいじゃない。やっぱり一人だけじゃ無理があると思うから」
腑に落ちない一葉を母はそう説き伏せ、結局一葉と野々口の二人での調査が行われることになった。
✘
お互い店を臨時休業とした野々口と一葉は、早速調査を開始することにした。
「どこから当たるの?」
「まずは情報源からね」
と、一葉は母から聞いた情報の出処の名を挙げた。
「アキモク?情報屋の?」
「ええ。母さんが最も懇意にしてるね。その男から聞いたみたい」
情報屋。
その起源は、殺し屋横丁と同じく
「でもあんた。調査の手伝いだけじゃなく、必要経費まで持つなんてどういうつもりよ」
「まぁ、いいじゃん。丁度昨日
「…もしかして母さんに脅された?」
「そんなことはないよ」
声が固くなったので嘘とはすぐに分かったが、一葉は母の気遣いと思い甘えることにした。
「なら遠慮しないわよ。領収証いる?」
「必要ないよ。で、その
「知らなかったっけ?」
「僕の馴染みは、ハクブンさんだから」
「あの爺さん。まだ現役?」
「
「場所は
「あそこは四階まで
「二階の専有席があいつの店」
「貸し切り?」
「永久的にね」
「店に迷惑だ」
「そこは同感。…待って」
商店街を出ようとしたところで、一葉は足を止めた。
「どうしたの?」
「情報源の前にその情報源に会いに行くわ」
「
「ええ。せっかくの調査よ。
そして、一葉と野々口は商店街の外へと出た。
アーケードに遮られていた陽光が、二人を照らし出した。
✘
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