戦闘開始

未央奈が指揮権の一部を丸投げしたことで光が見えてきた。目の前ではコマが駒となって陣取り合戦をしている。各医療機関に感染症用ベッドを何床割り当てるのか、重症コロナ患者を何人まで受け入れるのか、癌患者の手術をどこまで延期するのか、喧々諤々の議論が展開している。

未央奈は広域連合大病院のコーディネーターとしてゆずれない願いの譲歩を引き出している。

医療事故を引き起こして警察沙汰となったあの病院には腹を割った話し合いがなかった。ただただ「非常時だからお前が我慢しろ。みんな辛い」という無理筋の水平化がなされていた。

「辛い事はつらい。でもギリギリここまではどうにか譲れる。本音をぶつければよかったのよ」

さよなきどりときびたきが病院から病院へ乱舞している。一般と感染症の重病人が干渉して折り合いがつかず、譲歩か死か命のしのぎ合いになる。そんな時は思い切って後方すなわちまだ施設に余裕のある地方へ転院させる選択肢も躊躇しない。

未央奈は県内外の院長を集めて四六時中ZOOMで戦い方を話し合った。

「新規感染者が急増している。蔓延防止措置や緊急事態宣言では焼け石に水だ。出町柳、どうするね?」

WEB議長に詰められて未央奈は考えた。災害医療の最終解はやはり集中と選択だ。「では、こうしましょう。予後に影響の少ない重症手術を99・89%まで中止します。場合によっては患者に退院をお願いすることになります」

「やはり切り捨てるのか」

眉間にしわを寄せるWEB議長。

しかし、未央奈は切り返した。

「階層型スタッフモデルを導入しましょう!人員を集めてください」

未央奈はざざっと要求を通した。

「集中治療医をかね?」

未央奈は頷いた。

緊急医学に関するいくつかの主要なの専門分野(例えば、内科、麻酔学、救急医療、手術、小児科)で初歩的な訓練を受けた医師だ。彼らは、看護師、呼吸療法士、薬剤師、そしてしばしば高度な実践プロバイダー(APP)の専任チームと協力して直接ケアを行う。

「集中治療医をチームケアに組み込みます。当該者を頂点に階層構造を作ることで24人の重症患者をケアできます」

「たった一人の集中治療医でかね?」

「そうです。患者に序列をつけるなら医療スタッフもスライドさせるのです」「しかし…」

WEB会議長は言いよどんだ。医療従事者を動的に配置する案はいい。問題は誰がスケジュール調整するかだ。時々刻々の状況に臨機応変出来るか。


「ICUの稼働率と急性期患者の不規則な病状を行動モデル化して解析することで人員配置の適正配分が求まります。フリッツヒュー・ミュラー健康労働力公平分布曲線を使うのです」

未央奈は他の女子よりも抜群な現実主義者だ。あれがダメと言われたら、こうしましょう、とガシガシ切り崩す。だから男性にすぐフラれる。

「急進の小町はロマンスの神様と臨戦態勢にある、って本当だったのか」

議長は苦笑した。

「夢見る人は嫌いです。あたしは夢を見る前に飛んでいくタイプです」

未央奈は病棟の窓をよぎるさよなきどりを見送った。

「君のおかげで悪夢にうなされそうだよ」

「いいえ!あたしが夢枕を高くしてみせます」

うら若き医官は凛とした声で答えた。

AIが最新リポートを読み上げる。

「機械呼吸の訓練を受けた集中治療医、クリティカルケア看護師、薬剤師、呼吸療法士の不足が、重症の呼吸患者のケアを制限すると推定しています」

「わかったわ。案ずるより産むがやすし。さよなきどりをこちらに回してください」

彼女は白衣をさっそうと翻してヘリポートに向かった。


風が吹いている。

向かい風に虐げられようと、追い風におせっかいな慰めを受けようと、未央奈の胸に、風は吹いている。

そして患者の呼吸器にも。

風は可能な限り吹かねばならない。

吹かぬなら吹かせてあげようではないか。

新明和UF-63Vのローターブレードが回りはじめた。

(了)

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医・療・崩・壊~急診の小町―DMAT医官・出町柳未央奈の既往簿 水原麻以 @maimizuhara

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