さよなきどりは舞い降りた

「ご足労だった。もう帰っていいよ」

「ええっ?来たばかりですよ」

感染症病棟の扉で押し問答が起きた。特務医官は必要ないと断られた。

未央奈は耳を疑う。「私は要請を受けて派遣されたんです」

「その広域連合大病院うえの指示だ」

担当者ではらちがあかないので未央奈はWEB議長を画面に呼び出した。


「君がやろうとしていることは結局、選別だ」

言われて未央奈は唖然とした。あの医療事故の再来を危惧されている。

「お言葉ですが『選択と集中』です。選別とは違います」

席次の無いマウンティングとデキサメサゾンの投与は別格である。

返答の代わりに強制ログアウトされた。

未央奈は不毛な議論に費やす時間を次善策に割り当てた。


それから三十分後、さよなきどりが庁舎に舞い降りた。

「災害派遣を依頼しろというのか、自衛隊に?」

県庁サイドは及び腰であったが未央奈は押し通した。

「これはもう戦争です。だってそうでしょう。需要が医療供給能力を超過しているんです。非常時です」

未央奈は大胆な提案をした。県内における通常の医療体制を全て解体し臨戦態勢に組み替える。

「全体を統括する司令塔が必要です。ここと、ここ」

未央奈の指が画面の組織図に朱を入れていく。

「ちょっ…そこに手をつけろというのか?」

県庁職員は驚きを隠せない。

「あくまで提案ですから」

実際に未央奈に直接手を下す権限はない。しかし緊急医官法では最大限に応じる努力義務が自治体に課せられていた。

「本部機能を今日中、いえ、17時でなく15時までに充実させてください。できないとはいえませんよ。マニュアル出しますね。具体案はこれ、とこのPDFを」

テキパキと設定ウィザードを埋めると医官支援AIが詳細プランを秒でPDF出力し専用WEBからダウンロード可能になる。リンクを共有して職員各自のデスクトップに転送する。

「こっ、これは…!」

「わかりました。…もしもし」

誰が何をどうすればよいか。本部機能構築に関する手順書が嘱託職員にもわかるレベルで記述されている。末端に至っては連絡すべき電話番号が示され、先方に要件が電子メールされる。

「ECMO手配の件ですが…県立医大病院に? はい、ありがとうございます」

フロアが蜂の巣をつついたようになる。

「さよなきどりは放たれたわ」

未央奈は部屋を後にした。

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