ウィザード、あらわる

感染症が集中治療室を侵食している。本来ならば交通事故の重傷者や病態急変に振り向けるべき重症診療の現場が文字通り呼吸困難に陥っている。

さらに事態は悪化している。

救急車を呼んでも適切な処置を受けられないまま自宅で死んでいく患者が急増している。

感染症集中治療医の経験がある未央奈(みおな)は居ても立っても居られない。

「どうすればよいかね?」

広域連合大病院のWEB会議に未央奈はたたき起こされた。専門的な意見を聞きたいというのである

「まず、状況を教えてください」

どうにもこうにも具体的な数字を把握してから話が始まる。

「重症と即応病床を合わせて四百余。予測モデルに従えば明朝までに99・89%が埋まる」

深刻な状況だ。しかも感染症は患者数の増加に拍車をかける。

「追い込まれていますね。」

「増床は物理的にも時間的にも無理だ。どうするね?」

未央奈は即答した。「ベットはどうにでも造れます。問題はスタッフの数です」

「自衛隊に医師の派遣を要請している。」

「いいえ。鍵を握るのは看護師の数です」

「病床の確保を簡単に言ってくれるな」

WEB会議長は憤った。しかし未央奈は新設でなくベッドを空けることは出来るという。

「人工呼吸器の故障を放置していた連中のことか」

議長は朝刊一面に触れた。ある救急医療センターで医療事故が起きた。切羽詰まった医師がおかしな根性論を説いて患者を見殺しにしていた。メリハリのある治療を呼びかけたはいいが肝心の優先されるべき席次が存在しない。つまりただただ我慢比べを強いていたのだ。現在は病棟に規制線が張られている。

未央奈は即座に否定した。

「そうじゃなく病床の組み換えです」

広域医療情報システムのウインドウを眺める。

「現在、全国で集中治療室の七割が埋まっています。術後および内科急変の患者です。あの医師が言うように小異を捨てて大同につくとすれば、手術日の変更で空床を捻出するしかありません。しかし不要不急でない手術はありますから、延期で術後の患者を減らせます。これと急変患者の抑制で3割確保」

未央奈はさささっとスクリーンキーボードを叩いて試算する。患者に我慢と痛みを強いることになる。

「おい、まさか全ての手術を中止しろというんじゃないだろうな」

議長の制止を振り切って未央奈はキーを鳴らす。

「脳血管障害、心筋梗塞、大静脈瘤乖離…これらは外せません。他の手術をすべてキャンセルしてみましょう」

検索条件を絞り込んで一気に解除する。

「これで3割。合計6割が確保できる計算になります」

WEB参加者は目を丸くした。同時に罵声や怒号があがる。

「あの野郎、ノリで殺しやがったのか!」

「ちゃんと冷静に数字を叩いてみれば、出るじゃないか」

「何が小異を捨ててだ…あの医者は二度と娑婆に出てくるな」

渦巻く怨嗟に未央奈は表情を曇らせた。

どこから情報が漏れたのだろう。つけっぱなしのテレビが速報している。

《緊急病床六割確保の目途か?》

マスコミはハイエナだ。ワイドショーのMCが未央奈のことをしきりにほめそやしている。

「数字の女魔術師ウィザードなんて称号、要りません、ありがたくもない」

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