命の、使い道

喘ぎ声とアラームが鳴り響くなか俺達は次から次へと処置をこなした。泥水をすくって水たまりを埋めるような作業だ。

「共倒れを防ぐためにやむを得ないんだ」

「ではお前の事をテレビであげつらってやる」という。

その時の彼の表情は鬼の形相で今までもはっきり思い出す。

看護師は「先生、そうですね、そうですか」と答えるしかなく、医師も病室に戻る。

病院の崩壊に危機感を感じない医師や看護師は、何を考えているんだ。

誰も病院崩壊を喜ぶものか。

「お前の命を無駄にするんじゃねえ。

何にもならない」そんな思いがあった。

患者の命に優劣をつけろと言われて腹を立てる。そんな建前論のせいで病院崩壊で医療体制が崩壊するのに、手術をしたって命に優劣はないだろ。

看護師は「あなたの命の重さに優劣をつけろ!」と言った。

しかし医師は「そんな事を言ってますか、とんでもないです。

命は、人間を生かすことに使いたいんです」と答えるしかなかった。

「じゃあ俺は命を何に使おうと思っているんですか?」

外科医は手厳しい。

今すぐ手術して命を守ることはできるが、他の患者を死に追い込み、医療崩壊を防ぐことはできない。

何のために命をどう使ったらいいかを真剣に考えろと言うのだ。

そんな医師に医者は何も言えるはずがない。

病院の崩壊を望まない医師には何も言えない。

医師を罵倒するだけの医師師は信用できないと思った。

何もしないでいていいという医者は存在しない。

それは不可能だ。

医者を罵倒しながら手術するのはバカげた行為だ。

俺は患者を死の運命から救うことはできないが、それでも患者の生命を救いたいと思い、命を大切にする医師には、死にゆく患者に寄り添い、その魂を救うように努力すべきだと思ってる。

入院患者の生命を救ってほしい。

その願いを叶えるために命を守る医師がいる。

だからこそ、その他大勢の命を大切にする医師に手術をしてほしい。

死に向かっている患者を救うために命を救う医師がいる。

そんな病院なら命の尊さを理解して、命を大切にすることができる。

命を尊ぶ医師は素晴らしいと思う。

俺は今の仕事に誇りをもってるけど、それだけで人は救えない。もっと大きな主題を克服する使命がある。小異を捨てて大同につく。すなわち命の選別だ。



治療の優先順位付けにアンケート回答者の過半数が反対しているという。

テレビは報道を正当に報道しているのか。

それともその反対なのか。

現場はどうなのか。

「私達にできるのは」医療の崩壊を防ぐため、緊急手術を受けた医師とその家族から、病棟の状況報告を求める。

それはかえって「医療を悪化させるからやめろ」という声に阻まれる。

しかし医師は「私達の命は医療の崩壊で失われた。だから今の内に動ける医師は病院に駆けつけろ」と、命に関わる病棟の状況を正確に伝え続け、医師はそれを鵜呑みにして事の重大性に目を瞑った。


命は平等という綺麗ごとがこういう事を起こした。


手術室では数分のうちに、患者を順番に手術室に入り、医師の指示通り心臓移植が行われた。

人工呼吸器が点滴の管につまったかと思うと、心臓は動いていた。

やがて看護師が人工呼吸器を抜き取り、中を調べた。

人工呼吸器が正常ならば、患者の容態は最悪だった。

呼吸器が停止したままの患者。

人工呼吸器が正常なら、心臓は動いていたはずだ。

今の状態では患者の命を救うことができない。

それなのに病棟で手術を続行し、人工呼吸器が壊れたと告げる医師。

人工呼吸器が正常であっても最悪な事態だったのだから、医師は手術を中止した。

そんな事は当然やろうやろうと思っていた。

医師は「人工呼吸器の部品交換をしなやかにしておきます」

「入院患者さんにはご迷惑をおかけしますがご容赦ください」と、言ったがそれは患者のためだった。

気休めの声掛けで患者の命は救えなかった。

だが、そうしないと大勢の患者の命が助からない。部品も人員にも限りがある。一人の命を救う事にこだわりすぎると他の命が失われる。

嘘も方便だ。

それに看護師は何も訴えずにいてくれた。

「そう、私がお願いしたんです」

「私達にもうひとつ。在庫が整い次第、急いで人工呼吸器の部品を交換するから」

看護師は「いや、今すぐやめる必要ないじゃないですか」と、言った。

人工呼吸器が故障してるのは今に始まったことじゃない。今後も、ひょっとしたら1年後も2年後も…。もちろん、このままの状態が続いていいとは俺も思っていない。命を選別する側がいつされる側に回るかわからないからだ。患者遺族も仏じゃない。しかし、どうすればいいのか。

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