第14話 出世の道は辛いよ
ツカサはここ2日間、何度も通ってきた道、いや屋根を走っていた。
不眠不休で近くの森に素材を取りに行っては戻り、取りに行っては戻る。
依頼で素材を取りに行くだけでは移動時間がもったいないと、他の魔物の素材を持ち帰るためのサンタの袋もどきを使い始めたの2日前だった…はず。
とにかく屋根の上を大きな袋を担いだ男女が走っているのは既に街の住人に受け入れられ始めていた。
あぁ、今日もお疲れ様です、と。
そんなことを考えているうちに、ツカサはいつの間にか受付所につき作業的に素材を預け、ヒメナが前回分の素材のお金を受け取る。
既にやる依頼が無くなったので、そのまままた森に向かう。
ツカサはまた屋根の上を走りながら、自分の証明カードを見る。
階級は5級、(スタンプ)カードの枠はあと1つである。
5級になりハンコは小金貨2枚分で1つしか押されなくなってしまってからの道のりは長かったが、ついに次で終わりを迎えるのだ。
街を出て草原を走り抜ける。
「やっと次で終わりだよ。なんとか昼から始まる試験には間に合いそう」
ヒメナは走りながらそうツカサに話しかけた
「なんとかギリギリだな、自分で言いだしといてこんなにキツいとは…」
ツカサは器用に走りながらため息を吐く。
そして最後の作業に取り掛かった。
――――――――――――――――――――
「はい、これであなたは4級冒険者です。」
受付嬢であるミタは、最後の枠にハンコを押し、代わりに4級冒険者であることを証明する新たなカードが渡された。
ツカサとヒメナがそのカードを受け取った瞬間、受付所は大歓声で満たされた。
「「「「うおおぉぉぉぉーー!!」」」」
「史上最速の2日で4級まで上がった冒険者、ね。まさか本当にやり遂げるとは」
ミタの呆れた声がツカサには届いた。
「これで昼の試験に参加できるわけだ、冒険者とかとんだブラック企業だったよ…」
ツカサはどこか遠くにいるはずのファンタジーを愛する地球人に向けてそう呟いた。
遠い目をしているツカサにヒメナが声をかけにきた。
「ほらほら、せっかく達成したんだし飲もーぜ酒を!」
やけに男口調のヒメナは見るからに上機嫌だ。
「ほらほらこれは俺の奢りだ。一気にいっちゃってかっこいいとこみんなに見せてやってくれや!」
酒の入った大きなジョッキを片手に持った男がそう言いながらツカサに近づいてくる。
実はこの男、ツカサとヒメナ周回初日に何度も絡もうとしていたやつだが、ツカサの悲壮感あふれる表情に同情するようになりたまに2人に差し入れをするようになった気のいい人だったりする。
そして実力もまあまああり、継承紋を二の腕に浮かべている期待の4級冒険者だったりする。
「お、いいのか?ではありがたくいただきまーす」
ツカサはそう言うとジョッキを受け取り勢いよく立ち上がると、ゴクゴクとジョッキ一杯分を全て飲み干す。
そこで再び大きな歓声があがる。
その騒ぎは試験直前まで続くこととなる。
「こんな形で居酒屋業を再開することになるとはね、全く何者なのかしら」
1人静かに酒を飲むミタの呟きは誰にも聞こえることはなかった。
かつて冒険者受付所は飲酒による暴力事件が多発したため、居酒屋を休業してただの受付所として何年もやってきた。
しかしツカサとヒメナという冒険者の異常な行動が必ずお祭り騒ぎになる、という組合支部長の発言で再び居酒屋業を始めることになったのだ。
ミタは多少騒ぎがあろうとも活気があるこの空間が好きだった。
そのためあの2人の冒険者には密かに感謝していたりする。
――――――――――――――――――――
太陽が上がり試験が始まる。
試験は下の3級から始まり、そのあと2級が行われる。
1級への試験は王都に存在する組合本部で行われるのだ。
「よーい、始め!」
進行役の声に合わせ、合否を判断するベテラン冒険者と試験を受ける冒険者が木剣を打ち合う。もちろん魔法も使われている。
合否を判断するのは他にも2人おり、その2人は既に冒険者を引退した元2級または1級冒険者だ。
今回3級試験を受けるのは13人。
魔物が多いこの土地では毎回これくらいの人数が受けるのだ。
しかし今回の試験はいつもと違う点が1つあった。
それは観客の数だ。
いつもなら数人、多くても10人くらいのはずが、今日は広場の観客席はギュウギュウになっていた。
試験を受けた冒険者は次々と落とされていく。
1人また1人、そして最後の2人となった。
そのうちの1人が歩み出ると観客は一気に沸き立つ。
そうヒメナである。
ヒメナはその圧倒的な美貌で「女神」と呼ばれるほど人気があったりする。
ヒメナは広場の中央に向かう。
そこで進行役にマントを脱ぐよう指示され、渋々マントを脱ぐ。
観客はヒメナの体が見られると喜ぶが、実際はそんなに目の保養になるものではなかった。
七分丈の袖の白いワンピースが血で赤く染まっていたのだ。
そこで改めて観客も試験官も2日間で4級まで上がるとはどういうことなのかを思い出した。
ヒメナが広場の中央にたどり着いたのを進行役が確認すると、始めの合図をする。
「それでは、始め!」
ヒメナはだらんと力を抜いた状態で教官と相対する。
「動かないなら俺から行かせてもらうぞ!」
なかなか仕掛けてこないヒメナに拉致があかないと思ったのかベテラン冒険者が、斬りかかる。
「ひっく、んんー?遅い遅い」
ヒメナは酔っていた。
しかしそんな状態にも関わらず、横振りで迫る剣を体を後ろに逸らすことで避ける。
そのままバク転で後ろに下がる。
しっかりワンピースの袖は抑えてあるので、観客が喜ぶ展開にもならなかった。
再び試験官がヒメナに迫る。
次は大きな隙を作らない最小限の動きで、剣を当てようとするがヒメナはその全てを木剣で逸らしてしまう。
「くそっ」
焦りが生じてきた試験官は、蹴りを入れようとヒメナの脇腹に向かって足を動かす。
しかしヒメナは一歩後ろに下がることで、簡単に避けてお返しと言わんばかりに回し蹴りで試験官の顔面を踵で蹴り飛ばす。
ヒメナは誰にも気づかれない僅かな目の動きで、他の2人の試験官を確認すると起き上がる試験官の喉に木剣を向けた。
「う、打ち合いやめっ!」
進行役のその声が響くと同時に、広場は観客たちの拍手と歓声で包まれた。
ヒメナはおぼつかない足取りで広場に向かうツカサに木剣を渡す。
「やり過ぎないように気をつけなさいよぉ〜」
ヒメナはそれだけ言ってツカサが座っていたベンチに座った。
ツカサはフラフラとどこか危なかしい足取りで広場の中央に立つ。
もちろん酔っているが、さっきのヒメナの試合はよく見ていたので、自らマントを脱ぎ片手で持った。
進行役はさっきのヒメナの実力を見た後ではなんとなくそのやる気のなさそうな行動も明らかに酔っていることも注意しづらくそのまま合図をした。
「始め!」
ヒメナに完膚なきにまで負けた冒険者は心を折られ、今は戦えなくなったのでツカサの相手はさっきまで試験官を務めていた者のライバルにあたる人物が代わりを引き受けることとなった。
「おいおい、最近の冒険者はそんな状態で試験を受けるのか?後から言い訳してもダサいだけだぜ?」
試験官はヒメナの戦いを見ておらず、ツカサの偉業も風の噂程度しか知らなかったので思いっきり煽る。
ツカサはちょっとだけキレた。
「動かないならこっちから行かせてもらうぜ!」
試験官Bは大人気ないことにほとんど隙のない構えでツカサに一気に詰め寄る。
しかし若干イラついていたツカサは、ウザい顔が近づいてくるという不快感に体を動かされ試験官Bの僅かな隙に思いっきり木剣を叩きつけてしまった。
ミシミシ、ボキッという音を鳴らし試験官Bは吹き飛び、立ち上がることはなかった。
「打ち合いやめっ!」
絞り出すような進行役の声が静まり返った広場に響く。
しかし誰も歓声をあげるものはいない。
ヒメナは一見接戦からの勝利に見えた。
しかしツカサの試合は一撃の元にねじ伏せられたのが誰の目にも分かったのだ。
そして100人を超える観客が思ったことはただ1つ。
「「「「紛うことなき化け物だ…」」」」
その後本来ありえないことだが、3級に上がったばかりのツカサとヒメナは続けて2級試験を受けた。
次の試験官は3級試験よりも手強く、油断なく魔法を駆使して戦っていた。
もちろん試験を受ける側の冒険者もだ。
しかしヒメナとツカサは酔っているためわざわざ魔法を使うこともなく全て体術だけで、善戦どころか完勝。
その失態は組合の沽券に関わるということで一切の号外を禁じられた。
しかしこの辺境の街の冒険者たちの記憶には
「3日で2級まで駆け上がった男女」の伝説が刻み込まれることとなる。
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