第8話  いざ大脱走へ

ツカサが地下に落ちて10日ほどが経った。

地下にいる2人が日にちを知るはずはないが。


ツカサとヒメナの生活はいたってシンプルだった。

ヒメナが寝ている間はツカサが光魔法でちびちびエネルギーをためる。


ヒメナが狩りをしている間はツカサは寝る。


2人が起きている間はツカサの特訓(ヒメナの蔓を延々と捌き続けるだけ)をする。


そして魔物の肉を食べる。


の4パターンを繰り返していた。

ツカサにとって生活を始めたばかりが一番辛かった。

その最も大きな原因は、食べられない魔物と食べられる魔物の区別がついていなかったからだ。

どうやらこの世界の魔物は食べたら即死みたいな仕組みではなかったが、食べたら全身に痛みが走るやつとか美味しいやつとか当たり外れがあるのだ。

ツカサは普通に考えれば動物ってそんなもんか、と納得した。



ある時、ツカサはある時こんな質問をしてみた。

「ヒメナはなんでまずい魔物もとってくるんだ?」

ヒメナはその質問を聞くないなや実際に肉をもって話し始めた。

「実は魔物には魔物の命といっても過言ではない臓器があるのよ」


「確か<魔臓> まぞう って言うんだったか?」


「まぁ詳しくは知らないんだけども、とりあえずその魔臓はどの魔物にもついてて驚くほどに美味しいのだよ!殺した瞬間しかおいしくないのが残念極まってるのよねー」

少しテンション上がりすぎて口調おかしくなっているヒメナはごく稀に見かけるが、この話題が一番(ヒメナのみ)盛り上がった。


その後実はツカサはヒメナに1つ魔臓を食べさせてもらったことがあった。

血生臭い味と濃い魔力の含んだ血液の味。


「あー、あれだな魔力を味覚で感じ取れたら美味しいかも」

ツカサはそう言い普通に美味しい魔物の肉を食べたと言う。


閑話休題。


――――――――――――――――――――



今ツカサとヒメナは炎を纏った魔物達の前に立っていた。


がしかし残念なことにここから熱い戦いが始まることは無く、始まったのはただの消火作業だった。


「水波」

ヒメナがそういった瞬間、宙に魔法陣が浮かび上がり現れた大量の水が炎を纏う魔物達を飲み込んでいく。


消火しては進み、消火しては進み炎の魔物ゾーンを超えると進みもさらに早くなり数時間。

なんのドラマもなく研究所につながっているであろう扉にまで上がってくることができてしまった。


唯一あった出来事といえば、一見ただの一本道のように見えて実は小さめの道がもう一本ある騙し分かれ道が1箇所あったくらいだ。

もちろん隠されてた道を選んだ。



扉の前に着くとツカサは自作の棘がついた細長めの棍棒を握りしめる。


「じゃあここからが正念場。行きますか!」

ツカサは扉を開けようと押してみたが、開かない。

まぁ普通に考えれば空いているはずがないのだ。


「……。」


クスクスと後ろで笑っているヒメナの声を打ち消すためか、ツカサは

「だぁぁーー、くそっ!」

と言いながら扉を蹴破った。


しかし広がっているのは暗闇。

わざわざもう一重の囲みも施しているようだった。


次はヒメナが体から生み出した植物で扉を突き刺し丸ごと取り去った。

門番はここにもいたようで、突然無くなった扉と突然現れた男女を見て物凄く驚いた顔をした。

ツカサは相手に武器を振らせる前に速攻で頸動脈を切る。


「ふぅ、焦った」

そう言うツカサは門番の首から吹き出る血しぶきを浴び、元々来ていた白い服は薄汚れた上に血で真っ赤に染まった。


「うわっ、なんかめっちゃ怖い人にしか見えないけど…」

ヒメナはツカサの見た目に関する惨状を見て、ナイナイと手を振る。


ツカサはこの時絶対に何か羽織るものを見つけようと決意した。

2人に休んでいる時間はない。


ツカサが前を走り、前回引き返した通路に向かう。


2人は警報が鳴り始めた瞬間、進む速度を上げた。

そして目の前にはツカサを苦しめた黒ロボットが現れる小さな穴が両壁に開いていく。



既に2人はこの黒ロボットに対してしっかり対策を立てていた。

その名も「速攻で閉じ込めよう大作戦」である。



2人は走りながら丁度穴の大きさより一回り大きい岩を魔法で生み出し、次々と穴を塞いでいく。

最後の方は数台出て来てしまったが、何とか黒ロボットを振り切って重厚感溢れる扉の前まで到着した。

ツカサはここで感慨深く臭いセリフを言ってみたい衝動に僅かに駆られたが、後ろから続々と黒ロボットが迫って来ているので迷うことなく扉を蹴破った。

ちょっと足が痛かった。


入った先には2人が想像していたものとは違う光景が広がっていた。

ヒメナには見たことのない機械が広がる部屋に見え、

ツカサには初めて異世界に来たとき、鉄格子を通して見た部屋だと分かった。

そしてこの部屋に置いて最も存在感を放っているのは足元に描かれた今もなお鈍く光を放っている魔法陣だろう。



2人が驚くこと数秒、直ぐにたくさんのロボットを連れた研究者達が大慌てで部屋に入って来た。



「お、お前は…」

研究者であろう1人の男が、ツカサを見て驚く。

ツカサにはヒメナから何したの?と言う目線が突き刺さる。

このとき初めて地下に落ちた経緯話すの忘れてたな、と思い出した。


研究者達が部屋に入って来てから更に数十秒、Dr.ワクテが到着。


しかし到着するなりヒメナの姿を見て、更に慌てる。

「何故お前がここにいる!?迷宮には炎の…」

そこまで話したところで、ツカサを睨み付ける。

「お前か、イレギュラー!」

そう怒鳴りつけるDr.ワクテ。

ツカサは緊張感しかないこの場面で、自分ってイレギュラーって呼ばれてたんだな、などと考えに耽っていた。

しかしこれは決して余裕があるわけではなく単なる現実逃避だった。

ツカサの考えでは扉の奥には外への出口が続いているはずだったのに、あったのは出入り口が1つしかない大きな部屋だったのだ。


しかし逃げきれる可能性は全くのゼロというわけでもない。

それは魔法陣の存在である。


ヒメナは大規模魔法を使うことができないだけであって、魔力量自体はツカサの何倍もある。

なのでこの逃げ道の無い部屋でできることは1つ。

もう一度この魔法を発動し、何かを召喚することでこの場を切り抜けることだった。




Dr.ワクテはヒメナを警戒してのことか中々攻撃を仕掛けてくることはなかった。

その間もヒメナはジワジワと魔法陣に魔力を流し込んでいく。


魔法発動までの工程が8割ほど終わった頃だろうか、Dr.ワクテはツカサとヒメナが何をしようとしているのか気づき、一斉に攻撃を開始した。


「あの魔法を発動させるな!一斉に攻撃しろー!」

Dr.ワクテの合図で弾幕のような魔法の数々が飛んでくる。


ツカサも負けじと最小限の操作領域を作り、魔法の中でも上級とされる氷の魔法「鋼氷壁」で自分とヒメナ、そして魔法陣を攻撃から守る。


「思ってたより、きっついな」

ツカサは意味はないと分かっているのに、つい悪態を吐く。


ツカサが耐えること30秒。

「よしっ、これで発動できるはず」

も喜びを含んだヒメナの声とともに、魔法陣が大きく光りだす。


しかしツカサはその一瞬、気を抜いてしまった。

その一瞬が何よりも致命的となる。



ツカサはヒメナの声を聞いた瞬間、僅かに視線を研究者達の方から外した。


その隙を見事に着いたのがDr.ワクテが力一杯投げた短剣だった。

その短剣はツカサの脇腹に深く刺さり、ツカサが維持していた「鋼氷壁」は崩れる。


ヒメナが魔法を行使し、発動するまでの数秒。

ツカサに弾幕のような魔法が大量に襲いかかった。

咄嗟に背を向けたものの、肌は風により切り裂かれ火によって焼かれ岩が突き刺さった。



Dr.ワクテはこの時、自分達の勝利を確信した。

イレギュラーは既に使い物にならない、あとは魔力を大量に消費したを動けなくすればいい、と。


しかし偶然か、神の気まぐれか、状況は誰も予想しなかった方向に進んだ。



ヒメナが魔法を発動した瞬間、ヒメナとツカサの姿は光に包まれたまま消え去ったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る