第6話 Drの悩める日々

Dr.ワクテと呼ばれている男は、黒髭を生やした男の戦いぶりを見て、焦っていた。


黒髭の男、通称黒髭くんはこの施設において上位の実力を持っていた。


そのためこの研究所の中でも最も長い期間過ごしている優秀な実験体だ


いや、だった。というのが正しいのだろう。


今まで苦戦はすれども負けることはなかった黒髭くんはなんとか撃退したものの戦闘不能にさせられた。


急いで回収したため、命を取り止め体が欠損することもなかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。


しかし突然こんな強力な個体の魔物が現れるのは予想外だった。

いや予想外なのはその数の多さだろう。


今まではが処理していたため、実験体も余裕を持って戦うことが多かった。

しかしこの現状を見るにに何か異変があったということだ。

だか確かめるすべは無い。


「何としてもこの山場を越えなければ…」

Dr.ワクテは突然我が身に降りかかった不幸と突然牙を剥いた研究所の下に位置する迷宮を呪った。


Dr.ワクテは今の現状を打破するためにはゆっくり育てる予定だった人材を一気に強化する必要があると考えた。


「今の所使い物にならないイレギュラーどもにはあれを使うしか無いか…」

Dr.ワクテはこんな状況でなければもっと上手く利用できたかもしれない、そう考えつつも部下の研究者に感情を薄くさせる麻痺薬を食事に混ぜるよう命じた。

「しっかり観察して、錯乱具合に合わせて薬の量の調整も怠らないように」

最も大事なことをしっかり言葉にして部下に伝え、釘をさす。


そしてDr.ワクテは次の手を打つため、足早に部屋を出た


――――――――――――――――――――


Dr.ワクテが奮闘すること数十日、ようやく急ピッチで進められた教育も完了した。


「多少強引な手を使ったものの、イレギュラーもちゃんと使い物になる程度にはなったな」


そんなDr.ワクテのひと段落もすぐに壊されることとなる。


それは強引な手を使って教育したものたちとイレギュラーの班の戦いを見ているときに起こった。


獅子の魔物が魔力のオンオフを使いこなしていたのだ。


基本的に魔物は常に人で言うところの操作領域を展開した状態で生きている。

しかし獅子の魔物は敵である人が現れた瞬間に、事前に計測していた魔力量を大幅に超える数値を叩き出した。


「なんと言うことだ!こんなことがあっていいのか!?」

突然の出来事に近くで作業していた研究者の1人が怒声をあげる。


しかしDr.ワクテはこの異常事態も、知性を持った魔物を研究材料として手に入れることができるというメリットと比べれば、許容範囲だと考えた。


「死人の1人や2人は目を瞑ることにしよう。」

周りの研究者と比べて比較的余裕を保っていたDr.ワクテ。


しかしすぐにそのすまし顔に亀裂が入った。

それはツカサ以外の死である。


獅子の魔物との戦いが終わって約1分。

無意識のうちに掌に跡がつくほど握りしめていた拳をほどき、心を落ち着かせる。


「今から回収作業を始める!決して実験体に心情を悟られないようにしろ!以上だ」

自分でも言葉に棘があるのを感じていた。

しかしこうでもしないと無表情を保てなかったのだ。


研究者たちはそれぞれ数秒目を瞑ったり俯いたりするとすぐにデフォルトの表情を取り戻し、Dr.ワクテの後をついていく。


この後、今までに例を見ない初の反逆者が誕生するとはつゆ知らず、だ。


――――――――――――――――――――


研究者たちとDr.ワクテがいつものように擬似森林に入り、魔物と実験体の死体を回収しているときに事件は起こった。


呆然と立ち尽くしているように見えたツカサが突然武器を投げつけたのだ。


Dr.ワクテは咄嗟のことに避けることはできず、顔に大きく切り傷でできたが溢れ出した。


案内ロボットが対応に間に合うはずもなく、イレギュラーの1人が走り去っていくのをDr.ワクテはしっかり目に収めていた。


部下の研究者による応急処置を受けたDr.ワクテは休むことなくツカサの後を追いかけた。


はじめに向かったのは外に繋がっている通路である。

念のため強力な攻撃型ロボットを大量に揃えていると言っても、不安なものは不安なのだ。


Dr.ワクテは額に汗を浮かべながら脱出口の通路にたどり着くと、そこにはほんの少し争いの跡が残っているだけで突破されたわけでは無いと確信した。


その事実を確認するとDr.ワクテは自分の休憩室に帰ることにした。

外に出てさえいなければ、いくらでもロボットが探しそのうち見つかるからだ。


すっかり疲れた顔で休憩室に向かうDr.ワクテに届いたのは吉報ではなく悲報だった。


「地下階段の扉が開かれていた」


Dr.ワクテは再び血相を変えて通路を走った。


そして目にした光景はさらにDr.ワクテの血の気を引かせるには十分なものだった。


「あの怪力を殺して、よりにもよってのところにつながるこの階段に入ったと言うのかっ!」



Dr.ワクテは突然起きた数々の異変に心労と疲労を一気に抱えることとなった。

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