第5話 脱出への挑戦
ツカサは獅子から吹き出る血を浴びつつも、獅子を殺したことによる喜びを全く感じることはなかった。
ついさっき頭に響いた声で気づいた事実の方がツカサにとってショックだったからだ。
それは自分がいつの間にかこの施設での暮らすことを受け入れていれ始めていたことである。
ツカサは薄々他の人たちがなんらかの方法で洗脳に近い何かを受けているのには気づいていた。
しかし無意識的に自分も操作を受けているという可能性を除外していたのが、何よりも怖いと思った。
「脱走するなら今か…」
ツカサは地面に転がる死んだ者たちが使っていた武器を確認し、そう呟く。
魔物が倒された今、数分で魔物の死体を回収するため研究者とロボットが来るのは、ツカサも知っていた。
それでもツカサは武器がいくつも使うことができる 今 を逃すという考えはすでになかった。
その決断はツカサの人生を大きく変えらこととなる。
――――――――――――――――――――
「やあやあ、ご苦労だったね。」
そう言ってツカサに近づいて来たのは、Dr.ワクテを含む数人の研究者達だった。
ツカサはDr.ワクテ以外の研究者を人づてに話を聞くか、通路を歩いていた時に一瞬見かけたくらいしかなかったのでしっかりと見たのは初めてだった。
ツカサは黙々と獅子と死んだ人たちの死体を調べている研究者を黙って見ていた。
もちろん調べられている死体には北山や岩田、細川も含まれている。
「俺はこうなるつもりはない」
ツカサは誰にも聞こえないよう静かにそう言うと、地面に落ちていた武器を一番近くに立っていたDr.ワクテに投げ付ける。
投げ付けた武器はDr.ワクテの顔の中心を斜めに切り裂いた。
「おわっ!」
Dr.ワクテは驚いた声を出し、その声につられて他の研究者も驚いてツカサの方を向く。
研究者たちが振り向いた時には既にツカサは走り出していた。
地面に落ちていた短剣と自前の剣を使い、次々とロボットを押しのけ進んでいく。
「おい!早くそいつを止めて、捕まえろ!」
ツカサの後ろでは研究者の1人が焦った声でそう叫ぶ。
しかし自立式ロボットも万能ではない。
プログラムに従い対応を始めた時には既にツカサは部屋を飛び出していた。
――――――――――――――――――――
ツカサは通路を駆けていた。
ツカサの狙いは今まで通ったことのない通路である。
一か八かの賭けであるが、このまま大人しく人形になるよりはマシだとツカサは考えていた。
しかしここでツカサにとっての不幸が舞い降りる。
それはツカサが見たことのない黒い見た目のロボットだった。
「なんだ?」
ツカサは思わず走る速度を落とす。
そのロボットはいつもの案内役とは違い少し大きく動きも素早かった。
そしてなりよりツカサを驚かせたのは、強力な攻撃手段を持っていたことである。
黒ロボットはツカサの前に立ちはだかると、中央に空いた穴が光り始めた。
ツカサは一瞬不審に思ったものの、その光の正体はすぐに判明した。
魔法陣である。
は?と言いかけたツカサであったが、目の前に迫る頭より一回り大きな火の玉を避けることに脳のリソースを全て割くことになった。
ツカサはここに来て方向転換をせざるを得なくなった。
黒ロボットという戦力の奥には必ず何かあると言うのは分かっているのにだ。
「くそ、や・っ・ぱ・り・世の中、力が全てか?」
ツカサは歯噛みしつつも他の通路を走る。
幸い黒ロボットは持ち場があるらしく付いて来ることはなかった。
方向転換してから数十秒、次は筋肉隆々の門番が立っている扉が行き止まりであることに気づいた。
ツカサはまさかロボットではなく研究者以外の人間がいるとは思わず、反射的に別の通路に進もうとした。
しかしその時再び頭に自分に似た声が響く。
「本当に逃げていいのか?このまま逃げ続けて何か成せるのか?」
その言葉ツカサの心に深く刺さった。
そしてツカサに新たな決断をさせるには十分な効果を発揮した。
ツカサはフゥゥー、と深く息を吐き既に武器を構えている門番に向けて走り出す。
門番の持つ武器は槍、それに対してツカサは30センチほどの短剣と一メートルほどの剣。
リーチの差は大きかった。
ツカサは自分の頭に向けて槍の先端が迫っているのを感じた。
しかしツカサは槍の届かぬ範囲に下がるのではなく、僅かに頭を傾けそのまま前に進んだ。
完璧避けることはできず頬から血が噴き出す。
そんな傷を気にすることなくツカサはまた一歩踏み出し門番の眼球に短剣を突き刺した。
「化け物…がっ…」
門番はそれだけ言い残し、死んだ。
ツカサはそんな門番に振り返ることもなく扉を開ける。
扉の奥には下に続く階段が続いていた。
ツカサは思わずゴクリと唾を飲み込むと、一気に駆け下りた。
この時ツカサは何1つ明かりがない階段というものを軽く考えていた。
ましてや突然ツルツルの滑り台のようになるとは全く考えていなかったのだ。
ツカサは20段ほど降りたところで、足が階段の段ではなくツルツルとした傾斜を踏みそのまま態勢を崩したという自分の状況を理解した。
まぁ理解したところでツカサはただ
「あああぁぁぁ〜〜〜」
と言って滑っていくことしかできなかったわけだが。
そしてツカサは自分の情けない声とともに下へ下へと滑っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます