第5話 黒髪の乙女。

 っていうかいくらあたしでも自分の国の王子様の名前くらい聞いたことがある。


 第一王子、ジルベール・ド・オルレアン。

 そんなジルベール殿下は薄い金色の巻毛、後ろ姿しかはっきり見えないけど時々横を向くその顔立ちも整った美少年だということはわかるし。


 自己紹介が続く中、教室の端っこ先頭にいる王子を取り囲むように三人の護衛騎士が並んでいるのもわかった。


 隣にアラン、後ろにバルザック、斜め後ろはカウラス。いずれも劣らぬ美丈夫だ。彼らにしっかりとガードされているからか同級生の男子は怖気付いて近づかないわ令嬢たちは休憩時間になっても取り付く島もなく遠巻きに眺めてる。


 このセントレミーは名門だけれどそれでも国の全ての貴族が集まっているわけでもない。マンチェスターやロワイヤルなど他にも名門の学校もちゃんとあるし、少なくともジルベール殿下がセントレミーに居たって話は聞いたことがなかった。まあかと言ってこのタイミングで他の名門校からの転入というのもたぶんないだろうし。今まで身の安全を図るために王宮で家庭教師を使って教育が施されていたのだろう王子殿下は、この高学年になるタイミングではじめてこうした学校にくることにしたのかも知れなかった。


 きゃぁきゃぁコソコソと噂しあう令嬢様方はまあしょうがないとして、王子殿下の方はあまりクラスに打ち解けるとかそういう素振りを見せなかった。周りから声をかけられても返事するのは主にカウラス。黒縁メガネの彼は服装こそ普通にこの学園の制服に身を包んでいるものの、その身のこなしは完全に侍従のそれ、だった。護衛騎士ではあるのだろう。いざとなったら体を張って王子を護る。そんな感じには見えるけど、他の二人とはまた違って王子のお世話をしながら対外的な対応もこなしていく、そんなベテラン執事にも見える。


 まあ、ね。


 王子殿下の登場でクラスが浮き立つ中、あたしは目立たず1日を終えることができた。ほんとあんまり目立つのは勘弁だ。人の悪意に晒されるのはもううんざりだから。


 初日の授業が無事に終了し、荷物をまとめて席を立つ。


 じゃぁねまた明日ねとニーアに挨拶をしてさっと帰ろうとしたその時だった。


「そこの、黒髪の。王子が話があるそうだ。少し時間を貰えないか」


 背後からいきなりそう声をかけられた。それも、王子付きの騎士の中でも強面のバルザックに。






 あたしの髪色は黒色で。


 お母様のような艶のある黒髪とも少し違うけど、基本黒と言って差し支えないほどには黒い。

 陽にすかしてみるとちょっと茶色がかっても見えるけど、この国にありふれた金髪やブラウンの髪とは比較にならないくらいには黒い。


 それは、あたしのコンプレックスの一つだった。


 だって、さ。


 みんなと違うってだけで、お前は違う、普通じゃない、そう言われ続けてきた身にとって。

 この、普通じゃない、っていう言葉は心に楔となって残る呪いのようなものだ。


 お母様は私と一緒なんだからいいじゃないっていうんだけど、そこはそれ。

 異世界から転移してきた自分と一緒にしないでほしい。


 こう言っちゃあれだけどお母様は最初からこの世界の人じゃないっていう存在で。周りから見てもそれが当たり前の状態でずっときて。

 そんなお母様と違ってあたしは最初からこの世界の住人なのだ。それなのにみんなはあたしのことを「お前は違う」と悪意を持った眼差しで見てくる。


 今は、どこか辺境の血が混ざっているのだろうか? とか、そんな風にも捉えられているけれど。


 それはあたしには耐え難いくらい辛い。


「そこの、黒髪の」と、何か物のように呼び止められた時。


 あたしの涙腺は緩み。思わず、立ったま涙が溢れていた。

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