第28話 動き出す陰謀
戦々恐々とする俺。
仁王立ちで見上げる紬様。
「私がなぜ怒っているか、お分かりですか?」
わかんない、と首を振る。
紬様は「でしょうね」と頷く。
「今すぐライラに無事についたか確認したいな、あとは俺への質問状が溜まってきてる騎士団の方にも流石に指示を飛ばさないと」なんてとてもじゃないけど言い出せる空気ではない。
神経質そうに細められた瞳が釣り上がる。俺は思わず背筋を伸ばした。
「私は自国に婚約者がいます」
「あ。はい」
「ひとまわり以上年上、加えてフィメルに対して偏見的な嗜好を持ったマスキラです、DVの気もあります」
「…え?」
「結婚したくありません。でも、皇王であられるお父様が決めたことなので覆ることはありません。…たとえそれが酒の席の戯れの延長線上で決められたことであっても、王の決定は絶対なのです」
偏見的な思考、とはまた随分古めかしい言い回しをするものだ。
「やばい奴なんです」って言われるよりずっと深刻に聞こえるな。
表情筋をちょっと動かして眉間に皺を寄せた。
顔のTPOを守った方がよさそうだ。
ライラのことを考えながらも真面目な顔を作り上げた俺へ、紬様は焦点の微妙にずれた視線を向けてきた。
瞳のハイライトが消えていた。
婚約者のことを思い出すのさえも苦痛であると、淀んだ紬様の瞳が雄弁に語っていた。
ーーーまさか、突然紬様が「王になりたい」って言い出したのって望まない婚約解消のためなんじゃないか?
デニスの思考回路なんてお見通しであると言わんばかりに、紬は先手を打って「婚約を、解消するつもりは、ありません」と低く、はっきりとした声で告げた。
戸惑ったように視線を揺らすデニスに向けて、刃のような鋭い視線が向けられる。デニスは原因不明の不機嫌に当てられ、ずっと困惑していた。
「『皇族として皇王である父の味方に立つべきだ』ーーーデニス様の言葉で目が醒めました。『可哀想な私』という自己憐憫にぬるま湯の中でうたた寝している場合ではないのです。皇王も人間なのだから、間違いごと受け止めて、時には反論できるくらいに強い力を持ちたいと思えました。デニス様、あなたのおかげです」
どう聞いても叱責しているとしか思えない口調で紬様はお礼を言ってきた。
うん、とかいや、とか曖昧な言葉が俺の口からは漏れ出たけど、紬様は鼻を鳴らしただけだった。
「忌々しい婚約者は私が王になっておとなしくさせます。私の未来は私が作る…当たり前ですよね?」
「そうだね」って頷きながら、赤魔石の魔道具を頼んだのに黄色のがきちゃったみたいな不思議な感覚で、俺は紬様を見ていた。
俺たちは別に仲良くもないし、付き合いもそれほど長くない。
こういう風に不機嫌を向けられても察することができる絆がないのだ。
沸騰している彼女の魔力を心の中の冷めた俺が見ている。
一方で、他人ごとのように感心もしていた。
子供の成長は本当に早い。
彼女は本当に変わったよな。こんなに生命力のある言葉を紡ぐ子じゃなかった。
なんて、大人ぶって感心してたら、「デニス様は」と名前を呼ばれた。
話のピンが俺に向けて刺された気がした。
「デニス様はどうしていつも寂しそうなんですか?」
ーーー俺が、寂しそう?
「相手には困ってないんだけど」って口元で笑ってみたら「誤魔化さないでください」って両断された。
…ずっと胸に隙間風が吹いているような感覚が「寂しそう」なら。
事実だから、なんも言えないや。
汚れないまっすぐな視線を向けてくる紬様に聞かない優しさというものはないみたいだった。
「どうしてか」なんて説明したくない。
だって、絶対ライラの話になる。
もう知ってるんだ。彼女への想いを言葉の形で重ねれば重ねるほど、みんな決まって「諦めろよ」とか言うんだぜ。
「できるなら、諦めてるに決まってんだろ」と声を荒げて転げ回りたい。
火傷で死にかけてるやつに健康診断に行けって言ってるようなもんだ。
そんな馬鹿みたいな「アドバイス」なんてちっとも求めていないから、踏み込まないで欲しかった。
放っておいてほしい。
ライラを目の前からかっさわれて5年経っても、ジョシュア様に勝つことはできていない。
けど、できるようになったことだってある。
すごいどうでもいいことなのだが、涙を流すかわりに、周りを喜ばせることができる笑みを浮かべられるようになったこととかが、そうだ。
泣くかわりに極上の笑み(と周りには褒められる)を浮かべながら、こうやって真っ直ぐぶつかってこられると、新鮮だ、なんて思った。
ブリテンで俺と話すような連中は敵も味方もひっくるめて「ブライヤーズ男児の呪い」を知ってるからな。納得してるかは別として、俺にわざわざ理由を尋ねたりしないんだ。
「俺は、ライラしか愛せないようにプログラミングされてるんだよーーーライラには決まった相手がいたから、俺は…ブライヤーズ家のバグみたいなもん。寂しそうに見えるとしてもどうにも出来ない」
「なんですかそれ」って初めは怪訝そうな顔になった紬様。
でも、男子しか生まれないブラーヤーズ家の話を軽くしてやれば…学園で噂話も聞いてたみたいで、理解ははやかった。いろんな点と点がつながったらしい。
「今まで、ブライヤーズ家の中で、デニス様のような方は、いなかったのですか?」
「いたよ。ーーー俺のひいじいちゃんは生涯独身だったよ」
でも、役立たずな俺と違って赤竜からブリテンを守った英雄だ。
言葉にしなかったけど、ちょっと笑いの出力を間違えたみたいだ。
何も面白いことなんてないのに、声をあげて笑いそうになって、急いで咳払いとかしてみた。
紬様は静かに俺を見つめていた。
俺は微笑み返す以外に何も返さなかった。
「今、その笑顔を作れるって知ったらーーーあなたの笑った顔をこれからどういう目で見ればいいのか分かりません」
「イケメンでしょ?」ってウインクしたら無視される。
ひどい、ただの痛い奴みたいじゃないか。
「デニス様はーーーライラ様以外みえてないのですね」
出力全開な愛想笑いの裏で空回りし続けていた俺のこころに、紬様の言葉はストンと胸に落ちてきた。
ーーー確かに、俺はライラしかみえていないのかもしれない。
いいかげん諦めろと言ってくる人は今までも掃いて捨てるほどいたが、俺には他の選択肢が見えていないのだから、首をかしげるしかなかったのだ。
「そうかも」って笑いながら頷いたら、紬様は泣きそうな顔になって、唇を白くなるくらい噛み締めた。
「デニス様とライラ様には違和感しかないんです」
棘のある言葉だ。俺とライラに違和感?
言葉の綾だとしても許せなくて魔力が泡立った自覚はある。
即座に笑みを消して据わった目つきになった俺をみて紬様は涙目のまま怯んだように半歩後ずさったが、「撤回しませんよ」とつっけんどんに投げ返してくる。
「ふたりはあまりにも親密なんです。それこそ他国から来た私みたいな部外者には異常にうつるほどに。実際、問題も起きてるそうじゃないですか。みんなが違和感を感じてるから、愛人って陰口言われたり、いっそ籍を入れろと言い出す奴がいるんです…第二王配、いいんじゃないですか?」
おとなしそうな深層の令嬢といった風情の紬様の口から「愛人」と「王配」の言葉が出た衝撃はなかなかのものだった。
ーーーライラよ、いくら仲良くなったからってぶっちゃけすぎだろ…。
怒りにびっくりがブレンドされたせいで俺の頭の中で反論の言葉が押し合いへし合いしていた。
結局無言のままになっていると、
「なんで急にそんな顔するんですか、私がいじめてるみたいじゃないですか」
紬様の声の棘がなくなった。
そんな、かお。
え?どんな顔?
咄嗟に視線を斜め上へと滑らせた。よく磨かれた窓ガラスがあるのだ。
紬様の後ろに映った自分の顔はものすごく情けなかった。
自分じゃないみたいに哀れな顔をしている赤髪のマスキラを見ながら、なんで俺はこんなに動揺してるんだっけと首を傾げる。
紬様の目から見ても俺たち親密に見えるんだ、じゃなくて。
認めたくないけど、自分のことはよくわかっている。
俺はライラのこと限定でとんでもない臆病者になり下がるのだ。
だって、
「こわいんだよ」
「何がですか?」
「せっかくライラが手に入れた幸せを他でもない俺が壊すのがこわい…今回の一部始終見てて分かっただろ?ジョシュア様は国王としては完璧だけど、夫としてはダメダメなんだよ。だから思わずお節介を焼きたくなる」
「私はてっきり…ライラ様とご結婚なさりたいのかと思ってました」
直球すぎる紬様の言葉に、思わず口のはじが引き攣った。
突っ込まれたくないところに塩を塗って炙って来る子である。
ーーー本人にも自覚あるみたいだけどさ、紬様ってコミュニケーション能力あんまり高くないよね。
「結婚かあ」と呟いたまま考え込んだ俺を紬様は無言で見下ろしてくる。
答えなければ許さないという圧がすごい。
…先ほどから答えに窮する質問ばかりぶつけられているこれは、もしかしてわざとなのだろうか。やっぱり俺は彼女に嫌われるようなことをしたのだろうか。
いや、シャワー浴びたてのまま彼女の前に現れたりして、わざと印象を悪くするように仕向けた感はあるから自業自得か。
「ライラと結婚は、ちょっと考えたことないかなあ。ーーージョシュア様とライラは先代の黒竜さまが定めたパートナーだよ?…強奪したいとまでは思ってない。ふたりのことを祝福もできてないけど」
結局俺は自分がどうしたいのか自分が一番分かってないのだ。
ライラが主語ならなんだってできる俺だが、「お前はどうしたいのか」という問いかけには何ひとつ答えることができない。
「それでいつも自己嫌悪してんだよね」って頬をかいていたら、うめき声を上げながら紬様が天を仰いだ。
「信じられない」って顔を覆ってる。
どうした?
「それってつまり、デニス様にとっては、自分が生涯愛されなくて独身であることよりーーーライラ様の幸せを壊すかもしれないことの方が恐ろしいんですね」
紬様の視線が暖かなものへと変わっていくのがわかって、やめてくれって思った。俺が抱えている淀んだ感情は、そんないいものじゃない。
「臆病者なんだよ」
「ーーー世界一優しい臆病者ですよ…って、結局本題を話せていませんでしたね」
紬様は改まったように曲線を描いていた背筋をまっすぐにした。
内心、本題があったのか、と意外に思っていた。
単なる説教のようなものかと思ったのだ。
紬様が話しやすいように俺は自分の中で流れ出していた廃油のような負の感情を急いで片付けた。
戻っておいで、愛想笑い。
いい感じににっこりした自分の口元を窓でそっと確認していると、紬様が改まった感じで唇を舐めた。
「私をーーー騎士にして欲しいんです」
「うん?ーーーきしってなんのことかな?」
「いや…デニス様が騎士団長をしている騎士に入りたい、と申しております」
「あ、うん、なるほど」
なるほどってなんだ。全然なるほどじゃないぞ。
いや、騎士団長の俺に言うんだから騎士に決まってんだろって紬様の表情が語ってるけどさ、思わず確認してしまった俺を責めないでほしい。
だって、キモノだのドレスだのを着てティータイムを嗜むような令嬢…というか紬様に至っては本物のプリンセスだし、君みたいなタイプはうちの騎士団にはいないんだ。紬様がどう言うつもりで突拍子もないことを言い出したのか知らないが、騎士団は向いていないと思う。
「紬様はーーー守られるお立場のお方ですよね。どうしてそのようなお話に…?」
なんとか言葉を発した俺に向かって、紬様は満足そうに頷いた。
その質問をして欲しかったそうだ。左様ですか。
理由は二つあります、と紬様はかしこまって言った。
なんだか日常会話に出て来るには不自然に整然とした話し方で、俺は突然面接が始まったみたいだと思った。
「一つ目の理由は剣術を身につけたかったのです。さっきも言った通り、私の婚約者は少々問題がある人物です。だから、自衛できる手段が欲しくて」
だったら魔法士団のほうが向いているのでは?と思ったのだが、剣で戦うと言う点に意味があるらしい。和国において、物理的攻撃に対して魔法で応戦するのはあまり歓迎されないそうなのだ。
「始祖竜の加護がある国ではありませんから、魔法を使える人数が圧倒的に少ないのです。魔法で物損を出したりすると、治せる魔法使いもおりませんので、修理がとても大変なのです。警察などにも普通に嫌がられます」
だったら魔法のコントロールを極めればいいのでは?とちょっと思ったが口をつぐんでおいた。
暮らしている本人が「剣で戦うことに意味がある」と言っているのだ。
確かに、和国のカタナの技術は素材から職人の技巧に至るまで一級品であったし、魔法ではなく物理攻撃を極めたんだと言われれば納得もいった。
「二つ目はかの有名なブリテン騎士団の団員になれば箔がつくのです。ーーー少なくとも、和国に戻ったときに『女だから弱い』などという不毛な陰口に悩まされることは無くなると思われます」
見上げてくる茶色の目に浮かんでいたのは焦燥感。
皇族としての焦りか、はたまた全く別の要因が彼女をせきたてるのか。
知らないけどーーー
「騎士団長として言わせていただきますと、護衛される立場の方を騎士団に入れるわけにはいきません」
ーーーそんな顔しないでよ。でも、こう言うしかないじゃん。そもそも紬様の実力じゃ騎士団に入れるわけにいかない。
納得いかないのかなおも食い下がろうとする紬様だったが口を開くことはできなかった。
転移魔法の眩しすぎる光が部屋一面を真っ白にしたからだ。
目を閉じて後ずさる紬様を背中に庇える位置に移動しつつ、俺は必死に上空に目をこらす。
濛々と立ち込める砂埃に映る巨大な翼…この派手すぎる登場はやはり青竜様のようだ。
俺は警戒を解きかけーーー巨大な青の影に隠れた、ここにいるはずのない気配を察知し、踵から頭の先まで戦慄が走り抜けた。
…おまえが、なぜそこにいる?
緊張感で魔力の密度が上がっていく。
後ろの紬様が熱さで離れようとしたので、「離れないで」と小さく叫ぶ。
俺の異常なまでの警戒を訝しんでいた紬様だったがーーー晴れてきた視界の中に、彼女もその姿を認めたらしい。
「エ…なんでエリザベータ様がここに?」
何も答えることができない。俺が聞きたいくらいだった。
だって、奇妙なことが起きすぎている。
青竜とプロイセンの暗殺者であるエリザベータがなぜ繋がってるのか。
エリザベータの魔力が一瞬ジョシュア様ほどに膨れ上がって見えたのは気のせいだったのか。
こう言うのを考えるのはパーシヴァル様とミシェーラちゃんの担当なのだ。
今すぐ魔力通話をとりすべきかデニスが迷ってるうちに、突如、デニスの体がぐいっと前に引かれた。
「!!!!!」
崩れかけたバランスを一瞬で立て直しーーー青竜の前に戦闘態勢で降り立ったデニスに向けて褒美でもつかわすように、人の姿に変わっている青竜が嫣然たるさまでゆっくりと手を叩く。
ぱん、ぱん、ぱん。
乾いた音が大広間の天井に吸い込まれていく。
デニスは美女の笑みなど目に入らず、それどころか背中には滝のような汗を流していた。
ーーーなぜか青竜はむせ返りそうなほどに濃密な青の魔力を垂れ流しているのだ。
絶対的強者を前に、本能が「逃げろ」と叫んでいた。
圧死させられそうな威圧を前にしたデニスは、青竜の横からふらりと飛び去っていったエリザベータが背後で紬に忍び寄っていることに気づけなかった。
青竜は瞬きもせずに凝視してくるデニスに向けて満足そうに頷いた。
手を叩くのをやめ…今度はつまらなそうに口を尖らせた。
「ーーーバランスが悪いんだよねえ、おまえはあまりにも弱いしなあ」
「…意味がわからない。なんの話、ですか」
引き絞るように出したデニスの掠れ声に青竜は応えず…代わりにデニスのぬねポケットにしまわれている魔力通話から緊急通知を知らせる警笛音が鳴り響いた。
青竜様は、まるでその連絡が来るのがわかってたみたいだった。
「出なさい」とでも言うようにゆったりとデニスの目と魔力通話の間で視線を交差させた。ーーー全く思考が状況に追いつかないけど、とりあえず誰からの連絡か見よう。
デニスは胸ポケットに乱暴に手を突っ込み、硬い四角形の魔力通話を取り出すとやや焦ったように画面を数度タップした。
表示された名前を見て、デニスの眉間に皺がよる。
コールボタンを押すデニスの背後で、紬が崩れ落ち、彼女を無表情のエリザベータが受け止めていた。
ーーーん?紫魔法の気配がしなかったか?
青竜がこの部屋にいる誰も気付いていないほどに薄く張っていた結界を密かに解除し、自分が隠されていたとも知らないエリザベータがデニスの横に並び立つまでのほんの刹那、優秀な魔法使いであるデニスはエリザベータと青竜が隠したはずだった紫魔法の気配を嗅ぎ取っていた。
紫魔法といえば幻覚や洗脳など裏の目的で使われることが非常に多い魔法なのだ。デニスが微かな紫の魔素に意識を集中する前に…電話口から、切羽詰まったアルトが聞こえてきた。
デニスは紫魔法の気配を忘れた。
だって、電話の相手のパーシヴァルが焦るなんて余程の事態だ。
知らぬ間に息をつめるデニスにーーー告げられたのは、
「大変だデニス。ーーー近い将来、ジョシュアが死ぬ」
頭がまっしろになった。
思わず魔力通話を取り落としたが、自分の手から四角い魔道具がなくなってることにも気が付けないほどに俺は混乱していた。
今、パーシヴァル様はなんて言った?
え?
ジョシュア様が、死ぬ?
死ぬって…死ぬって、死ぬってことだよな?
立ち尽くす俺を見て、エリザベータが首を振っているのがぼやけた視界に映る。
紬の首根っこを捕まえたままの彼女は魔力通話を拾い上げると、青竜様の方へと放り投げた。
「ーーーたまたま、居合わせたってだけ。うん、うん…私も行くよ、始祖竜の一人として看破できない話だ。デニスも連れていくよ、ブリテン王宮でいいね?」
青竜様に腕を引かれた気がした。
俺は、散り散りになった思考の隅で、相棒の剣を持ってないことに気がついた。
「…俺の、剣…」
デニスが呟くと、なぜか、デニスの身体から赤の魔素がけぶりたった。
次の瞬間、部屋の隅の壁に立てかけてあったデニスのロングソードが、デニスの手元に存在していた。
「あれ…持ってた」
惚けながらも腰の鞘に剣を戻すデニス。
今しがた起こった出来事を目にしてしまった、青竜とエリザベータが驚愕の表情で固まっていることにも気が付かずに。
「い、今の…!」
エリザベータが説明を求めるようにデニスと青竜の顔を交互にみる。
青竜はすぐさまいつもの笑みを浮かべーーーデニスとエリザベータの肩に手を当て、「ブリテン王宮に転移」と歌うようにささやいた。
転移の直前、エリザベータによって荷物のように乱雑に放り投げられた紬が床に頬を強打する。
青竜のひとならざる青魔法が消え、転移魔法の鈴の音の余韻が消えると室内には静寂が戻る。
目を開けることなく倒れ伏す紬。ここでようやく紬の側近が悲鳴を上げながら走り寄っていった。
彼女はずっと部屋の扉の影から様子を伺っていたのだ。
主人を守ってくれなかったデニスを責めることなどできそうもなかった。
次元が違う存在がいたのだ。アレを見てしまうとデニスがただの人間であることを否が応でも思い知らされた。
紬のいる部屋に立つ入ろうとするだけで、足がすくみ、呼吸がままならなかった。護衛と使用人を両立できるからと和国の側近の中から選ばれたはずなのに、青竜と対峙していたデニスと違い、自分は部屋の中に入ることさえできなかった…!
「紬様!紬様!お気をしっかりーーー申し訳ございません、何もできずに、申し訳ございません」
紬を抱えて泣き伏す側近はーーーしばらくして、紬が身じろぎし、目を覚ます気配を感じた。
「紬様、お怪我はないですか?」
彼女の問いかけに紬はゆっくりと瞼を開きーーー自分を心配して涙を浮かべる側近が頬に当てていた手をを煩わしそうに振り払った。
驚きで固まる側近を押し除けながらゆっくりと立ち上がった紬は、茶色の中に紫色を滲ませた瞳で一言だけ言った。
「デニス様はどこ?ーーー今すぐお会いしたくてたまらないわ」
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