第27話 君を一人にはしない

フランク王国に来て一週間が経った。ちなみにフランク王国に来たのが九月の最終週の頭だった。楽しい時間が過ぎるのは本当に早い。ライラと紬様とシリル君が作り出す世にも奇妙な食べ物(?)を毒見させられてたらあっという間に今日だった。和国の食事…和食というらしいが、初めは匂いの癖が強くて正直きつかったな。ミソトショウユは食べすぎて慣れてきたけど。紬様とライラの唱える謎の呪文の正体がやっと分かったんだよな。ライラ曰く「フランス人はフランスパン!ブリテン人はフィッシュアンドチップス!日本人には味噌と醤油!」なんだって。シリル君が「そこはハクマイじゃないの?」って首を傾げてた。ハクマイってなんだよ。二人だけで通じ合うのずりいよ。

ちなみに、紬様が持ち込んだ食材の中で、ナットーだけがまだ無理だ。あれを生み出した人は他の食材を腐らせまくったんだと思う。食べ物を大切にして欲しい。

ただ、空間魔法の収納箱からナットーが出てきた時にライラが比喩じゃなく感涙に咽び泣いてたから紬様にノーベルライラ賞をあげたい。ナットーはいらないけど混ぜてる時のライラはとても可愛かったから俺はそれでご飯を食べれる。


あっという間の一週間。光陰矢の如し、ライラ尊しである。

だいぶ話が脱線したが一週間がすぎたということは、今日は九月三十日。

つまり明日が十月一日。

お分かりだろうかーーー明日から、あの、ミーティアウィークなのである!

一週間神様が空の上でバケツをひっくり返したみたいに透明な魔石が降り注ぐ。

その勢いや凄まじく防御の魔法陣を張らなければ一夜にして国が壊滅してしまうほどだ。

プロイセン国王であることを本人が忘れていそうな勢いではしゃぎ倒していたシリル君も「帰りたくない…俺にもパーシヴァルとかデニスとかできる部下が欲しい…」と哀愁を漂わせながら国に戻った。先ほど顔を出してくれた青竜様もフランク王族をみに行くらしい。「三日くらいは帰ってこないと思う」と言い残していった。

ーーーふたりの様子からもご理解いただけると思うが、普通、王族と始祖竜はミーティアウィークに備えて王宮の魔法陣に魔力を注いだり、地方に移動して魔道具を動かしたりするのだ。

他国でバカンスしているのなんてうちの可愛い黒竜くらいだろう。

始祖竜であるライラがいなくてもミーティアウィークを乗り切れる…それだけ今のブリテン王国に黒魔力の余剰があるってことでもあるんだけどな。


「ライラ〜流石に魔石の降り始めくらいは国にいたほうがいいだろ」


ベットの上で毛布にくるまって籠城しているつもりらしいライラの頭っぽい場所を優しめにつつく。

黒のもふもふからは反応がない。

…ずいぶん毛足の長い毛布だけど、中にいて暑くないのかな。


「一ヶ月帰らないなんて流石に冗談だったろ?ライラは根が真面目なんだから、自分の仕事を他人に任せっきりなの気にしてるんじゃないの」


ーーー今度は肩のあたりがピクッと揺れた。

…図星ってわけだ。まあ、ライラだもんな。夫婦喧嘩(?)に巻き込んだ形で魔法陣を任せっきりにしたパーシヴァル様に迷惑じゃなかったかなって一億回くらい考えたに違いない。口には一回も出てないけどな。本当に素直じゃないんだから。


陛下の毎年恒例の魔力荒れも収まったようだ。昨日あたりから一週間引きこもりだった我らが陛下も完全復活してらっしゃるからここがバレるのも時間の問題なのだ。いや、ライラと一緒でジョシュア様も変に意地張り合うから見つけても来ないかもしれないけど…なんで俺が陛下が復活したのなんで知ってるかって?

昼夜問わず迷惑メールのように俺にテキストしてくるんだよ!

騎士団長としては、ジョシュア様は上官だし、そろそろ「会いたい」要求を無視しずらい。

「会いたい」要求の内訳がライラと俺で六対四くらいなのがまた事態をややこしくしている。そこは十割ライラでいいんだよ!なんで四割も俺のことを恋しがるんだよ!鳥肌立つからやめろよ!


ひっそりと二の腕を擦っているとーーー目の前の毛布がもぞもぞと動き出した。

多分毛布の中で頭をかいている。

次は座り方を変えたか?

ーーーお、横向きに転がった。


「ライラさーん。おーい」

「………」


…待てど暮らせどもぞもぞしているので、毛布を引き剥がしてやった。

慌てたライラが毛布の端っこを鷲掴みにするという抵抗を受けたが、ライラの手のひらに力が入り切る前に容赦なく巻き上げてやったぜ。現役騎士の素早さを舐めないでもらいたい。

ライラは毛布を奪われたことで一瞬だけ不満げに口を突き出した。

珍しく子供っぽい仕草は一瞬で消えたがーーー代わりに眉間にシワを寄せ、頬を紅潮させながら「デニスひどい」と睨みあげてくる。

え、それ怒ってるつもりなの?かっわ…。

ーーーと、内心サイクロンになっていると、ライラの魔力のコントロールが一瞬乱れて黒の魔素が広がりかけた。

こらこら、危ないって。

すかさず赤魔法をぶつけて相殺しておく。空気のように存在を消して俺らを見守っていた紬様が一瞬だけチラついた黒魔力を見て悲鳴をあげていた。


「魔力のコントロールどうした?体調悪い?」


俯きがちな顎に手を添えようとしたら、思いっきり体をそらされた。

ライラからは、

「近づかないで」

と最低限の方法だけが紡がれるーーーなぜ、近づかないで欲しいのか問いただしたいところだが、白い額に張り付いた髪を鬱陶しそうにはがしながら、額の汗を拭う仕草が答えだろう。

魔力操作が乱れるほど毛布の中にいるんじゃないよ、全く。


ライラの心配だけを日がくれるまでしていることはできなかった。

ここは俺たちだけの世界ではない。

にわかに背後が騒がしくなったのだ。

デニスが振り返ると、規律正しく並んでいた使用人たちが紬を囲むようにして集まっていた。

黒魔力への耐性がない紬が倒れかけたらしい、とデニスは悟った。

魔力の影響を受けない白の使用人に支えられて、首元に白い布を当てられながらぜんぜん大丈夫じゃなさそうな顔で「大丈夫ですから」を繰り返している。


ーーー紬様は俺とライラをじゅんばんみて、視線に怯えるみたいに首をすくめた。

赤魔法が黒魔法に飲み込まれている様子を目の当たりにしたのがショックだった、と俺たちに聞かせるためか不自然に大きな声を出しながら、言い訳のように口にした。

そんなことしなくても俺とライラは聴覚強化で聞き取ってるのに。

紬様は周囲の心配を振り切るみたいにして両足で立ち上がった。

顔色の悪さを隠すようにして頬に手を当て、俯く。

今度は小声で、

「ライラ様はなぜ今のタイミングで怒ってらっしゃるの?昨日私が砂糖と塩間違えても怒らなかったのに?」

ーーーなどと早口で捲し立てているあたりに混乱の程がうかがえる。脳内の思考が口から零れ出てるな。

ライラが気だるげさの中に蜂蜜を垂らしたような声で「つむぎ」と名前を呼んだ。ライラは声まで紬様に甘い。


「紬、別に怒ってるから赤魔法が消えてくわけじゃないよ?黒魔法ってそういうものだからね?」


でも、冷静さを欠いている紬様にとって黒竜ライラからの言葉は圧にしかならなかったようだ。


「は、はいいい、飲み込まないでください」


あ、だめだわこれ。

俺とライラはアイコンタクトを取った。


「黒魔法って、一般の魔法使いから見たら怖いんだねえ」


苦笑いするライラ。紬様とここ数日でずいぶん打ち解けていたのもあってか…悲しそうだ。そりゃあ友達に怖がられたら落ち込むよな。


「怖い…かどうかはおいておいて、黒魔法の使い手は、ミーティアウィークの間は国にいてくれたら安心するんじゃないの?」


ライラはスッと目を逸らしてうつ伏せに寝転んでしまった。

そうですか、無視ですか。


とりあえず、強がって一人で立っているものの膝が笑っているプリンセスをどうにかせねば。

ドアの辺りで固まって談笑している使用人に合図を送る。

すぐさまひっつめ髪の老女が進み出てきた。

紬様が唯一連れてきている使用人だ。


「紬姫は少し休んだほうがよさそうです」

「そのようですね。ーーー姫様、お暇しましょう」


背中に手を当てられて紬様はゆっくりと部屋から出ていった。

ーーー黒魔法から離れれば落ち着くだろ。


ふっと息を吐きーーー気がついてしまった。

紬様だけじゃない。他の使用人もーーーそれこそ、魔法使いとして優秀なものほど表情に怯えが滲んでいる。


同じように紬様を見送っていたライラも同じことを感じたようだ。

扉付近に固まるかれらに向けて、無表情のまま「ごめんね、デニスと話したいからみんなしばらく外していて」と命じた。

早めの休憩に喜ぶ白の人々に混じり…わかりやすく安堵に肩を撫で下ろしたのが数名。そそくさと黒魔法の残る空間から去っていくかれらのそれが、まるで普通の魔法使いの反応だと思ってるみたいに…ライラが淡く笑った。


「ジョシュアは、ずっと、この気持ちを背負ってきたんだね」


ライラが小さな手を握り込んだ。

俯いた彼女に合わせて絹糸のように黒髪が流れた。

ライラの表情を黒のカーテンが隠してしまう。

俺は震えようとする手のひらに力を込めたまま、そっとライラに向かって手を伸ばした。

「普通の魔法使い」のカテゴリに、ここで俺が入ってしまったらだめなんだ。

黒竜の儀の時に感じた疎外感。

5年が経った。

こういう時に去勢をはれるくらいには強くなった。

精一杯強がりながら、なんとか震えなかった俺の手は、ライラのなだらかな肩に着地した。


彼女のまとう黒飛竜の皮のドレスはひんやりとした冷たさを返してくる。


黒魔法は虚無化の魔法だ。

攻撃面では最下位なんて揶揄されていたこともあるがーーーどんな力にも、特別が存在する。

そして幸か不幸か、この時代には特別が、いる。

各人の生まれ持った魔力を黒の魔法で無に返し、白の人にできてしまう特別な魔法使いだ。


転移の赤竜。

重力の青竜。

治癒の白金竜。

幸運の黄竜。

虚無化の黒竜。


始祖竜の力の中で、防御全振りの外れ魔法ーーーなんて言われていた黒竜さまの黒魔法。

今の時代にそんなことをいうバカはいない。

ジョシュア様が現れた今じゃ黒は恐怖の象徴だ。

魔法が使えない白の国民からすると、若干二十六歳にしてなぜここまで俺たちの陛下が恐れられているのか疑問に思う人も多いみたいだけど。

俺からすれば理由は明白だ。ジョシュア様は魔法使いの生命線である魔力を消しされるからだ。

ジョシュア様は1000年ぶりに誕生した漆黒の魔法使いとして三歳で暗殺者を「白くした」。三歳にして戦ってはいけない魔法使いになったのだ。

悔しいが三歳にして相手の魔法使いの魔力状態や量を冷静に分析して魔力を操れてたってことで、もうそれ三歳じゃないし、黒竜様に愛されすぎだし、何が言いたいかって言うと、つまりは魔法使いとしてのジョシュア様はめちゃくちゃかっこいい。ライラが惚れ込むのもわかる。


ジョシュア様の存在だけでグレイトブリテンの魔法界での地位は急上したって俺の父様もよく言ってる。


でも、ジョシュア様の力は普通の人間にはあまりにまばゆかった。

ミーティアウィーク前だけを例外として、普段は完璧に魔力をコントロールするジョシュア様だけど。

黒漆の髪と瞳は嫌というほど目を惹いたし、ジョシュア様の存在感みたいなものは魔力のコントロールくらいでどうにかなるレベルじゃないんだ。


月って綺麗だけど、月が欲しいって言ってる奴はいないだろ。

それと同じ。

禊月けいげつのように触れることの許されない神聖なものとして、大人も子供もジョシュア遠巻きにした。

しかも二十数年前といえばいよいよ先代の黒竜様の弱体化に皆が気付き始めた頃だったのもあり、同じ人間としてジョシュア様を扱わなかった。

ジョシュア様が空気と同じように味わってきた孤独の冷たさはきっと俺みたいな常人には一生理解し得ないものだ。

ーーー実際に、期待に応えてその上始祖竜を王配にできちゃうんだから、ジョシュア様はやっぱり特別なんだけどな。


ジョシュア様のみている世界の住人になったライラは、寂寥感を噛み締めるみたいに口を横に引き伸ばして、しばらく黙って俯いていた。

彼女が顔を上げた時ーーー涙の幕で覆われた金の瞳に吸い込まれそうで、滑らかな曲線を描く頰が陶器みたいに白くて、俺は、こんなに綺麗で儚いものがこの世にあっていいのかってちょっと怖くなった。

息を吸い込んだまま時間を止めていた俺にーーーライラは、一緒に過ごした学生時代を思い起こさせるような懐かしい無表情で告げた。


わざと、そっけない声でーーーなんでもないんですよって演じてくれるんだよな。


「デニスも休んできていいよ…赤魔法ありがとね。すぐ消してくれてこの騒ぎだもん。デニスがいなければどうなってことやら」


白々しい感謝の言葉を聞かされて、ばかだなあって思った。

素直に俺に頼れるようなライラじゃないのはとっくに知ってる。

「デニスは真っ直ぐで眩しい」ってライラはよく褒めてくれるけど、俺は、まっすぐじゃいられなかった過去があっても、自分の痛みを人に与えようとしないライラが好きだ。

今の無表情は負の感情を殺してるんだろ。

本当に辛い時はすぐに一人になろうとするよな。

ばかだなあ…ライラが抱えるものなら全部欲しいに決まってるのに。


わざとらしく肩をすくめ、逃げるように視線を逸らそうとするライラの、小さくて綺麗な形をした顎を指の先で掬い取る。


「俺はいつだってライラをひとりにはしないよ」


ジョシュア様みたいに黒魔法でかっこよく守ってあげられないし、

シリル君みたいに転移魔法で遠くへ連れ去ってあげることもできないけど、

俺は、寂しそうにする君を一人ぼっちで置き去りになんてしない。


両親に他界されて、親戚とも馬が合わなくて、ミーティアウィークは一人で過ごしてたよな。

いつだって必死に強がってたけどさ、俺がミーティアウィークで家族のところに戻る時、眩しそうな顔をしてたの知ってるよ。

ライラって結構寂しがり屋だろ。


「ひとりに慣れなくていいんだよ」


黒竜として国を背負うライラに何もしてあげられないけど、そばにいるからさ。

前髪を退けて、おでこにキスをするーーー「やめろ」って手ごとはたき落とさなくてもいいじゃん。

ライラの冷えた心がちょっとでも温まればいいと思っただけなのに。

俺が崩した前髪をいつまでも治していたライラだけどーーーとうとう俺様の優しさに屈したようだ。ざまあみろ。

下手くそに笑みを浮かべようとして、失敗した。…我慢なんてしないで泣いていいのにな。


「なんで、デニスは、そんなに優しいの」


声が掠れ、ライラのまつ毛が震えている。

シーツを握りしめてる手を、俺のジャケットに誘導したらーーーようやく、強がるのをやめたみたい。

黒竜らしい力強さで引っ張られて、抱え込ま


乱暴だなって笑ってたら、くぐもった声で「うるさい」って返される。


「優しくしないで欲しいのに。デニスを、手放さなきゃいけないってわかってるの。私は最低なことをしてるって、誰より自分が一番わかってる…」


しがみついているライラの表情が見えなくて残念だ。

ライラはつむじまで可愛いなとあたまの片隅で感動しつつ、口を開いたら、自分でもびっくりするくらい柔らかい声が出た。


「そんな言い方すんなよ。ーーーライラは王妃で俺は騎士だけど…その前に、俺ら、親友じゃん。なんで優しいかなんて聞かれると寂しいよ。俺とライラは騎士と主人で、他人にどうこう言われる筋合いのない至当な関係なんだからさ」


決まったーーーそう思ったのにさ。

失礼なライラは「え!?」みたいな顔で見上げてきた。


「デニスが知らないうちに大人になってる…!」


「いや、これは…」


俺じゃなくて青竜様の言葉だけどさ。

「君がそんな感じなの意外です!」と表情で語ってくるライラさんよ。

ちょっとその反応はいかがなものかと思うが…。

まあ確かに?

いつもの俺ならね?

俺とライラの関係を壊そうとするなんて、それがライラ本人の言葉であったとしても、とっくにキレて赤魔力を噴火させいている場面だよ。


「これは?デニスじゃない誰かに言われた?」


怯んだ顔を見られた俺は、思わず伸びてきた髪をぐしゃぐしゃにかき回していた。

ライラの前じゃカッコつかない現実を、誰か、どうにかしてほしい。


…結局「青竜様のうけうり」って白状させられましたよ。

ライラは納得の表情だった。

でも、「ものわかりいいデニスなんて、デニスじゃないよね」はいくらなんでも俺に失礼だと思うんだ。


ーーーだいぶ話が脱線したな。


「ーーーライラ、今日だけでも戻ろうぜ。ちょこっと国民の前で竜化してくるだけでもいいからさ」


ーーーライラさんよ。その十五歳のいたいけな少女の姿で舌打ちするんじゃないよ。「話逸らせたと思ったのに」じゃないんだよ。


「ちょっとで済むわけないよ。国に戻った瞬間ジョシュアに見つかる気しかしない。そして一緒に魔法陣に魔力を注ぐんだ…」


ジョシュア大好きマンのライラはジョシュア本人に頼まれたら100%受け入れてしまう気しかしないらしい。

「一ヶ月は戻らない」とか羽をパタつかせながら息巻いてた割に、強いんだか弱いんだかわからない決意である。

一応、本人的にはミーティアウィーク中でも家出を続けたいらしい。

再び毛布の中に戻ろうとするお馬鹿さんの襟首を捕まえつつ、俺はどうしたものかと悩む。


ーーー本音はさあ、ずっとここにいたいよ。

邪魔な旦那がいなくて護衛という名目でライラを一日中眺めてられるもんな。


でもなあ。

今日のライラが何回ブリテンの方を無意識で眺めてるかこのお馬鹿さんは自分でわかってるんだろうか。

心配でたまらないんだろ?

魔力じゃなくて、この時期のジョシュア様を一人にさせることに躊躇ってるんだ…ジョシュア様の母親の命日ももうすぐだもんな。


言わなきゃいいのにって、脳内の冷静な部分が告げる。

でも、俺は思ったこと口から出ちゃうタイプなんだよ。


「ジョシュア様を守るって、黒竜の儀で約束したんだろ?守るってことはさ、隣に立ってなきゃダメだと思うよ」


「今のわたしじゃジョシュアを守れないよ…お荷物にしかなってない」


「ーーー同じこと、俺にも言うの?王妃のライラの仕事を何も手伝えないし、護衛だってジョシュア様がいれば十分だ」


「そんなわけないじゃん!デニスがいてくれることでわたしがどんなに救われてるか…」


ハッとしたように黙り込んだライラ。

ーーーそうだよ、いてくれるだけでも充分すぎるんだよ。


「俺が一緒に行くからさ、ジョシュア様に会えとは言わないよ。でも…」


「…黒竜であるわたしがミーティアウィークの間に一度も顔を出さなければジョシュアに非難がいくよね。保守派のタヌキたちが喜ぶ顔が目に浮かぶ…顔出すだけでも、ジョシュアの助けにはなるか」


ーーーまあ、ライラの言う通り「顔出すだけ」で終わるわけないと思うけどさ。

ジョシュア様もライラがいない間、久々に一人で自分の魔力荒れと戦って、色々考えたみたいだし、ライラの言う「家出」の効果はもう十分だと思うんだよな。


一度戻ることを納得したライラ。

そこからは、もう開き直ったようだ。


「どうせ待ち伏せされそうだしもうジョシュアをここに呼ぶか。デニスと紬と使用人全員分わたしの魔力で運ぶのは流石に魔力酔いしそうだし」


うん、もう大丈夫そうだ。

いつもの合理的なライラに戻っている。

ジョシュア様に迎えにくるよう連絡しているのを俺が夏休みが終わってしまうような気持ちで眺めているとーーーライラが「あ!」と声を上げた。


「ねえ!デニスの過保護、全然直ってないじゃん!」


「ーーーそれは、一生治んないかな」


ーーーライラの護衛騎士だしね。



「馬鹿なんですか?それともドMか何かですか?」


十月一日。今日の天気は魔石が降るでしょう。

ミーティアウィークの初日。

フランク王国青竜様の別荘内、飛竜がいっぱい飛んでる部屋。

ジョシュア様が迎えにきて、ライラを抱きしめています。

俺ことデニス=ブライヤーズは楽しそうに再会を喜び合う夫婦をしょっぱい顔で見守っています。


「ライラ様から聞きましたよ。デニス様が背中を押してくれたってーーー喧嘩させとけばいいのに、何でわざわざ板挟みになるようなことするかなあ」


皇族としてジョシュア様の前で楚々とした笑みを浮かべつつ、小声で俺を罵倒しているのは紬様です。

ーーー機嫌、悪くねえ?


「ライラ様もーーー悪気がないじゃ済まされませんよ。全く、どいつもこいつも」


「紬様…ジョシュア様もライラも耳いいから多分聞こえてますよ…」


「あらやだ。聞こえるように言ってるから問題なくってよ」


上品に口元に手を当てて目を細めないでください。

とても怖いです。


「『君を一人にしない、俺がそばにいるよ(意訳)』なんて乙女が言われたいセリフNo.5には入るっていうのに、あの二人絶対この後デニス様を置いてくでしょう?本当に、あんな可愛らしく喜んでたライラ様の笑顔は嘘だったのね。結局は本命の男を取るんだわ」


ーーー紬様が非常に荒ぶってらっしゃる。先からずっと同じようなことで怒ってらっしゃる。


ちなみに俺は三分ほど前に「これくらいはよくあるから、ライラが笑ってればいい」みたいなことを言ったせいで紬様の背負ってる背景を粉雪からブリザードくらいに悪化させた前科があるのでずっと白旗をあげている。


ライラを抱っこしたジョシュア様が無表情で「デニスも一緒に帰るか?」と尋ねてくる。

無駄に目が輝いているのは全力で見ないふりだ。

ーーージョシュア様の無駄に高い俺への好感度が、夫婦の時間を邪魔しそうなので、丁重にお断りした。

明日あたりに青竜様に送ってもらおうかな。


「いざとなったらシリルを呼び出せばいいよ。デニスが呼べばいつでもくると思うし!」


ーーー相変わらずシリル君のことをタクシーか何かだと思ってそうなライラはこう言っていた。仲がいいからなんだろうが、もうちょっと言い方ってもんを考えてやれ。一応プロイセン国王だぞ。世界有数の忙しさなはずなんだ。


家出騒動が嘘だったかのように穏やかに寄り添って転移していった二人を見送った俺はーーー隣で吹き荒れるブリザードから足早に立ち去ろうとして、


「デニス様?ちょっとお話ししませんか?」


ーーーとても冷たい声をした紬様に呼び止められてしまった。


「え、いや、俺訓練したいから…」


ジリジリと後退りしたのに「早朝に二時間ほど走り込みと素振りをされていたのは、訓練ではなかったのですか?」と先手を撃たれてしまった。

ーーーなんで知ってんだよ!


「お話し、できますよね?」


ーーーイエスorはいの選択肢しか与えられてませんでした。

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