【十六】
ひとけのない
「幽」
袖の影で、紅葩は、ぎゅっと
「ライドウたちの任を解いたって……」
「ええ。明日の朝、私は
弟を殺した兄として。
「私に……あなたの首を
零れ落ちる、紅葩の声が震えた。唇を噛みしめて、紅葩は俯く。
ふ、と幽のまなざしが和らいだ。
「かつてない大掛かりな《浄罪の儀》となるでしょう。酷な役目を担わせて、申し訳ありません」
「そんなことを言っているんじゃ……」
「紅葩」
幽が穏やかに遮る。湖水のように凪いだ微笑を湛えたまま。
「遅かれ早かれ、政宮の大臣は、あちら側に都合の良い無実の罪を私に着せようとしていた……その
「……私も、罰を受けられる?」
気丈さを保とうと張りつめた声が、弦のように震える。
微笑を崩さずに、幽は首を横に振った。
「いいえ、紅葩、あなたは違う」
この国の信仰は、まだ
「民の信仰が、あなたを守る」
この国の神が、あなたを生かす。
「人々の罪を浄める巫女を、裁ける者など、誰もいません」
「……そんな……」
それは、なんて皮肉だろう。
「あなたは、見届けてください。政宮は、《ハクカ》を
「幽」
「人が物のようにしか使われないのなら、心を持ち続けても
「幽」
「安らぎを望んで……与えて……なにが悪い……? 私は願いを叶えたかった……叶えて、やりたかった……」
「幽」
ふわり。紅葩の腕が、幽を抱えた。骨の浮いた、細い肩。薄い胸。おとなになる前に時を止められた、こどもの体を。
「……私は……どこで間違えた…………?」
幽の声が震える。紅葩は幽を抱きしめた。強く、つよく。
「見届けるわ、幽。私は生きつづける。この国が、巫女も、それを守る宮司も、必要としなくなる日まで」
心を抱えて。
罪を宿して。
罰を孕んで。
命を生んで。
「私は……」
幽の瞳から光が流れる。封じつづけた器が砕け、心の雫が、痩せた頬を伝っていく。
「白華に……幸せに生きてほしかった」
叶わなかった願いの果てに、
届かなかった祈りの先に、
死ぬことよりも、生きつづけることのほうが、ずっと、こわくて、
それでも、
生きる、と、
この手を、掴んでくれたなら、
この手で、繋ぎとめることができていたなら、
私は、
こわくなんて、なかったのに。
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