【十三】

 夢の中で、徇は都の街路を歩いていた。

 日用品を求める人々で混雑した大通りだ。しかし、そこにかつてのような賑わいはない。無表情に塗り潰された店員の顔。客も同じだ。販促する者も、苦情をつける者もいない。ただ淡々と、体を生かすための食材や着物を売買するだけ。嗜好品を扱う店は、とうに消えてしまった。品数は減り続けている。好みに合わせて選ぶということがなくなったからだ。新しい店など、もうずっと生まれていない。そのうち配給制になるだろう。好き嫌いに基づいて取捨選択をする者など、もうここにはいない。

 一組の親子とすれ違う。父親にも、母親にも、表情はない。愛し合った先に夫婦めおととなる時代は終わった。誰かを愛するという感情が失われたからだ。今は減り続ける人口を維持するため、政宮まつりのみやが適当な男女を選んでつがいにしている。彼らは命じられるまま体を重ね、子をなしていく。心を微塵みじんも交えることなく。

 母親の腕に抱かれた赤子は泣かない。ただじっとくうを見つめるだけだ。泣く声にわずらわされぬようにと施したのが最初だったか。眉をひそめる者も、もういなくなったけれど。

 沈黙が降り積もる街路を、徇は歩いていく。

 誰の声も聞こえない。

 言葉を発する必要がなくなったからだ。

 誰かに何かを伝えたいという感情――言葉の源であった心が、失われてしまったからだ。

 赤子の泣く声も、子供の笑い声も、恋人の睦言も、消えて、完全な静寂だけが満ちている。

 《ハクカ》に埋め尽くされた無音。


――こんな国を、誰が望んだ?


 街路の先に、部下の柾が佇んでいる。

 振り返って、彼はいつかの言葉を繰り返す。

 感情の漂白された、がらんどうの瞳を向けて。

『この国で生きていくために、私は、この身を最適化した。ただ、それだけのことですよ』


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