【九】
「おや、君ひとりとは、珍しい」
文机に向かっていた千景は、
「
こっちは片づけるだけだし、とレイは軽く肩をすくめた。
「いつも、かたじけないな」
「別に。仕事だから」
レイは、ふるりと首を振る。顔を隠す帽子は、深く被ったままだ。
「君の名をきいても?」
千景がレイに向き直る。影の下、レイの瞳に、微かに警戒の光が灯る。少し考えるように視線を外して、レイは小さく呟くように言った。
「レイだよ」
リクと呼び合うときにしか使わない名前だ。仕事では毎回、違った偽名を使うから。
「良い響きだ。どんな字を書く?」
千景は重ねて尋ねた。レイはゆるくかぶりを振る。
「字なんて、ないよ。俺が生まれた村に、読み書きができるおとなはいなかったから」
文字も、基本的な算術も、主に拾われて学んだ。リクも、ライドウも、そうだ。名前は音だけで、文字はもたない。
「そうか……」
千景は少し声を落として視線を下げた。レイは、ことりと首をかしげる。
「文字に、こだわりがあるの?」
「ああ……少しな」
千景の頬が苦笑に緩む。
「私は、この国に、さほど愛着をもてずにいるが、この国の言葉は好きなのだ。文字のひとつひとつに意味がある」
こころなしか弾んだ声だった。レイの瞳に、千景に対する興味が宿る。
「じゃあ、俺の名前は、どんな字が似合うと思う?」
ぺたりと畳に座り直して、レイは千景を見上げた。そうだな、と千景は文机の上から半紙を一枚取り上げた。さらさらと筆が紙面を流れる。綴られた文字を、レイは覗き込んだ。
「……玲……?」
「ああ。宝玉が触れ合う、涼しく冴えた音をあらわす。君の声にあてた文字だ」
「声?」
帽子の下で、レイは、きょとんと瞬きをした。自分で気がついていないのか、と千景は少し驚いた。
「君の声は、とても美しい。まさに、うたうためにある声だ」
澱みなく答えた千景に、レイは細い肩をすくめ、きまりが悪そうに視線を逸らした。
「……あんた、音楽家だっけ?」
「いいや、一介の学者だ」
しかし、美しいと感じる心は万人がもつものだろう?
「願わくは、聴かせてもらえないか? 君の歌声を」
そろそろ論文の執筆にも飽いてきたところなのだ、と千景は笑った。明るい笑みだった。
「……本気で言っているなら、とんでもなく人たらしだよ、あんた」
「ははっ、あいにく本気だ。私は世辞が嫌いだからな」
ここへ来て初めて千景は楽しそうに笑った。レイは帽子に手を遣り、弾みをつけて立ち上がる。
「今度、星の話、たくさん聴かせてくれるなら、考えとく」
「それは楽しみだ」
ありがとう、と微笑む声を、背中で聞く。振り返らずに、レイは障子を後ろ手に閉めた。屯所へ戻る。歩調が、次第に速くなる。盆の上で、椀がかたかたと震えて鳴いた。それは
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