【六】
社の木立の中を、幽は歩いていた。点在する
木々の先に佇む門にも、衛士の姿はない。守るべき巫女が、もういないからだ。今、門前に立っているのは、幽が
かつての《鎮めの巫女》の殿舎は、当代の役目を終えた今、立ち入りの一切を固く禁じている。
重い殿舎の扉を、幽は、ゆっくりとひらいた。
途端、闇に慣れた目に、
広い殿舎を埋め尽くす、白い、しろい、花の群れ。
幽の肩に届くほど草丈が高く、花弁だけでなく茎も、葉も、すべてが白い。陽に当てれば数刻のうちに
《ハクカ》の原材料となる、人工の花だ。
作業をしていたひとりが立ち上がって、一礼した。続いて花の影から、何人もの人間が次々に顔を出し、最初の一人に
彼らは皆、かつて《御霊送りの儀》を望み、社を訪れた者たちだ。幽は彼らの中から身寄りのない人間――縁者に遺体を返す必要のない者を選び、儀を
(この者たちは私を恨むだろう。死ぬために社を訪れたのに、こうして死なずに使われているのだから)
しかし、恨む心も、彼らはもう宿していない。
感情の一切から解き放たれ、彼らは定められた〝日常〟を繰り返す。
――この国を、抜け殻の人間ばかりにするつもり?
耳を掠めた幻聴は、紅葩の声か、それとも、白華の声か。
「……ずっと、平和で、いられます」
かすかに笑みのかたちに目を細めて、闇に浮かぶ白い花を、幽は静かに見渡した。甘い香りが、幽の全身にまといつく。たおやかな腕を、優しく絡めるように。
「誰も争わず、傷つかず、穏やかに在れる」
絶望の雨が止んで、
怒りも、嘆きも、降り注がなくなれば、
くるしみは芽吹かず、かなしみも咲かない。
死の望みは実を結ばない。
幽は夢想する。
神様の生まれない、箱庭の国を。
「いつか、この手で……」
願いひとつを糧にして。
心が滅んだ、空人の国を。
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