【二】
朝
男の死体を発見したのは、邸の下男だった。明け方、いつものように外回りの清掃に出たところ、邸の裏に、血塗れの男が転がっていたのだという。刃物で喉を切り裂かれ、既にこときれて数刻が経過していた。
「身なりは悪くありませんね」
「そうだな……」
膝を
「この髪の結い方は、どの官位にも当て嵌まらない……《
小さく息をつき、眉を
もっとも、保護も支援も、表立って行われているものではない。
(兄上は、なにをお考えでいらっしゃるのか……)
この国の
「顕学者となると、調べるのは少々、厄介ですね」
柾が、呟くように言った。一片の情動も宿さない、淡々とした声だった。徇は小首をかしげて、柾を見た。
「死体には、もう慣れたのか」
前回の立ち会いまでは、
「ええ」
頷く柾の顔には、表情が全く浮かんでいなかった。まるで能面のように、眉ひとつ動かさず、冷ややかに死体を見下ろしている。ぞくり、と背が冷えた。何だ? 自身の反応に、徇は
「慣れたのではなく、感じなくしたのです」
文章を読み上げているような、抑揚のない声が流れる。
「私には、この仕事しか、ありませんから」
瞬きひとつなく、柾の目が徇へと向けられる。ぽっかりとあいた、
「だから、なくしたのです。務めを果たして死ぬだけの人生ならば、感情など無用の長物に他なりませんから」
「……まさか……」
背筋を冷たい汗が流れる。
「……あれを、服用したのか……?」
「ええ」
柾は、あっさりと頷いた。
「とても便利な薬です。もっと早く手にできれば良かった」
おかげで、こんなにも楽に働ける。
「柾君」
「君は……」
他の部下たちが、死体を運んでいく。霧の中、血溜まりは未だ乾くことなく、明け方の青い色彩を重ねて黒々と染みを深めていく。
「君は、人間か?」
徇の声が、足もとに落ちる。柾の瞼が、そこでようやく、瞬きを打つ。
「きわめて人間的な判断だという自己評価を下しています」
「この国で生きていくために、私は、この身を最適化した。ただ、それだけのことですよ」
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