【一】
都の西門に程近い、ひとけのない裏通り。
下級貴族の
(……来た)
ひとつの影が、近づいてくる。辺りを見まわして、物陰に身をひそめながら、注意深く進んでくる。既に僕たちの網にかかっているなんて、
(さあ、
目配せして、僕たちは頷き合う。予定通り、二手に分かれ、袋に飛び込む鼠を待ち構える。
(今だ)
ひらり。飛び降りる。鼠を挟んだ前後の位置。僕が進路を
鼠が足を止める。歯噛みして、僕を睨みつける。とっさにあとずさったのは、僕に挑んでも
「……っ、くそ……!」
鼠が腰の刀を抜いた。窮鼠猫を噛む? 僕は静かに瞬きをする。残念。僕たちは猫じゃなくて狼だ。噛まれる前に咬み殺すよ。
忍ばせていた小刀を手に、とん、と僕は地面を蹴る。これなら僕ひとりで充分だ。一閃する鼠の刃。難なくかわして、僕は鼠の脇をすり抜ける。瞬間、鼠の喉から
「俺の出番、ないじゃん、リク」
肩をすくめて、彼が歩いてくる。
「レイの手を
僕の足もとで、鼠はまだ痙攣していた。
鼠の傍らに屈み、彼は鼠の衣に手をかけた。
「これかな」
「確認してみよう」
注意深く、
「当たりだ」
僕たちが回収を命じられた、僕たちの巣穴から持ち出してはならないもの。
「お仕事、おしまい、ってね」
彼は微笑む。
「うん、帰ろう」
つられて、僕も、小さく微笑む。帰って汚れを落としたら、朝が来るまで、ふたりで眠ろう。
#
目をあけると、世界は
一日のうち、最も静寂の純度が高いのは、夜明け前だと、僕は思う。耳に
(ちゃんと、生きてる)
つとめて衣擦れの音を立てないように、僕は、そっと体を起こした。途端、背中に冷たい空気が流れ込んで、僕の肌が、わずかにさざめく。昼間は汗ばむ陽気だけれど、山の夜は、夏でも冷える。
(レイ)
視線をおとす。僕の隣で、白い影が眠っている。僕のほうを向いて、少し俯きかげんに体を丸めて。蒼に浸された部屋の中、ほのかに浮かび上がる白い体。細い肩から落ちていた夜着を、僕は、そっと引き上げてやる。わずかに身じろいだものの、
ふわり。煙草の匂いが鼻をくすぐった。身に馴染んだ匂い。足音をひそめて縁側に出る。朝霧に
「いつ戻ったの? ライドウ」
隣に腰を下ろして、僕は彼を見上げる。頬骨の目立つ精悍な顔。
「半刻ほど前だな」
「眠らなくて平気?」
尋ねると、ふう、と紫煙を吐き出して、彼は僕の頭にぽんと手を置いた。彼らに拾われて七年が経つけれど、彼にとっては、僕はまだ十歳の童子のままなのかもしれない。
「おまえこそ。昨日は遅かったんだろ? リク」
うまく狩れたか? とライドウが
「上々だな」
彼は煙管を
「その様子じゃ、怪我もないみたいだな」
「うん。僕も、レイも、無傷だよ」
ライドウのおかげでね、と続く言葉は、喉の奥に留めた。縁側から投げ出した足を、僕は軽く交互に遊ばせる。
爪の
ライドウが仕込んでくれたから、僕たちは、今、こうして生きていられる。
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