【四】
雨の音が、夕さりの静寂に微かな
しっとりと水気を含んだ空気は絹の紗のように柔らかく風景を包み、物の輪郭を夕闇に滲ませていく。
「白華」
まもなく日が落ちます、と幽は静かに障子に手をかけた。
こういうとき、私は改めて思い知る。彼女たちにとって、《浄めの巫女》は、そういう存在なのだ。社が、この国が、そう定め、まつりあげてきた、国を束ねるための偶像。浄罪と安息の象徴……七つまでの私は、ただの貧しい村娘だったのに。
深く一礼して、彼女たちは下がっていった。部屋に再び、ふたりきりの静けさが戻ってくる。
「お召しになりますか?」
幽の声が静寂を揺らす。つとめて感情を抑えた声。
「ええ、お願い」
私は頷く。目を伏せて、幽は
「いつ見ても、きれいね」
指先でつまんで、燈台の光にかざしてみる。
「……他に、お望みのものは、ございますか?」
幽が尋ねる。いいえ、と私は目を伏せる。
「これで充分よ」
私に心を砕いてくれる、幽の面持ちを、これ以上、
「またね、幽」
私は微笑む。幽に宛てて、ありがとうと、ごめんなさいの代わりに。
「朝まで、さよなら」
白い結晶を、こくん、と飲み干す。目を閉じて、私の中で、さらさらと崩れてとけていくのを、じっと待つ。
閉ざした瞼の暗闇に、思い浮かべるのは、いつも同じ。
さいごに見上げた、満天の光の河。私の隣で咲いていた、泥だらけの無邪気な笑顔。
――紅葩。
七つを迎えた日に引き離された、私の双子の妹。
忘れたくなくて、繰り返し、くりかえし、思い出しているのに、時間は立ち込める
(私が死なない限り、あの子は十八になるまで生かしてもらえる)
あと、二年。
(十八になるまでに私が死ねば……
殺させない。少しでも長く、生きて。
私は記憶を抱きしめる。空を
――願わくは、星空を、もういちど、一緒に。
私の中で幽の薬が目を覚ます。それは優しく、私を私から解放する。私は、ふっと目をあける。薄闇に宿る記憶が光に
(そう、人形……正しい
味は全く感じない。湯気の立つお吸物の温かさも、舌触りも歯ごたえも、箸を持つ感覚さえも、どこか遠く、淡い。
私を、私から、切り離す。それは、《浄めの巫女》の務めを果たすうちに覚えた、私の特技だった。恐怖も苦痛も拒絶も感じない。私は完璧な《浄めの巫女》になることができた。命乞いをする罪人を前にしても、
けれど、それは自分に麻薬を与えつづけるようなものだったらしい。仕事が終わると、私は私を拒絶するようになった。
なきわめく罪人の首を一太刀で
永遠の眠りを乞う依頼人の望みを一思いに叶えられるようになった代わりに、何を飲んでも一睡もできなくなった。
衰弱していくばかりだった私に、幽は、この薬をくれた。《御霊送りの儀》の依頼人のためにつくられた鎮痛剤や鎮静剤をもとに、幽が私のためにつくりあげてくれた、試作の薬。これが効いているあいだは、私は、何も感じずにいられる。体のいたみも、心のいたみも、するりと抜き取られて、私は私を、ちゃんと生かしつづけていられる。
この体を、
痛みも、傷みも、悼みも、なくして。
明日も、私の抜け殻は、正しく仕事をこなしていく。
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