【二】
澄んだ鳥の
目を閉じて、
(つめたくない。あつくない。いたくない)
そして私は巫女になる。
(かなしくない。くるしくない。こわくない)
なにも感じない、ただ義務をおさめた容れ物になる。
(心を抜いて、感情をなくして)
今日も、上手に。
「この国の民に、
いつか、この器が砕けるときまで。
(夜が来るまで、さよなら、白華)
今日も、私の抜け殻は、正しく仕事をこなしている。
社の南東側、白い玉砂利を敷き詰めた小さな庭の中央に、高床式の殿舎が建てられている。私の仕事のひとつである《
宮司である幽が先に階段を上がり、白木の扉をゆるやかにひらく。
室内には、
午後の光が、薄く、細く、射していた。香の煙が光の筋に触れ、白い水流のような綾をみせる。
『巫女様』
社を訪れたときに聞いた、依頼人の言葉を思い出す。
『《御霊送りの儀》は、私の生きる希望でした……今日まで生きてこられたのは、《御霊送りの儀》のおかげです。この儀を受けるまでの辛抱だって、この儀を受けるためだって、言い聞かせて、耐えてきましたから……自分で終わりを決められる幸せ。やっと、叶うんです……やっと、楽になれるんです…………』
泣きながら、笑いながら、このひとは床に手をつき、私を見上げた。頬を流れる雫に、積まれた金貨の光が宿り、きらきらと輝いていた。《御霊送りの儀》のために貯めたのだという。これを稼ぐのに、どれだけ働いたのだろう。どれだけ身を削ったのだろう。
このひとの人生がどんなものだったのか、私は知らない。もし、この儀を乞う金がなければ、このひとは死ななかっただろうか? 《御霊送りの儀》がなければ――私が、いなければ――このひとは生きつづけることを選んだだろうか? それとも多くの人たちのように、首を吊ったり手首を切ったりして、さいごまで苦痛に
私は静かに短刀を掲げる。いちど唇を引き結び、ゆるやかに
(死ねば楽になれる、それが、この国の
心臓の真上に、
(苦しむために、生まれてきたの?)
死んで楽になるために、苦しんで生きるのなら。
(ねえ、神様?)
私たちは、死ぬために、生きていくの?
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