第35話 おまけ④ いつもの仲間たち

 昼食を済ませてから登校すると、学校は昼休みの時間を迎えていた。


 村を発つ許可を村長からもらって20日。その間、ルークはずっと鍛錬に明け暮れていた。通い慣れた校舎が妙に懐かしい。長期休暇の後とも少し違う不思議な感覚だった。


「あ、お」

「ココノか」


 背後からの声に、反射で返すルーク。ココノは「おー」と言って拍手しながら、ルークのもとへ駆け寄った。


「おなじみの第一声『あ、おにいちゃんだ』の台詞に二文字で反応するとは……将来はかるた名人だね」


 人の将来を迷走させるな。目線で抗議しながら、ルークは腰に抱きつくココノを引きはがした。


「というか、よく考えたらそろそろ“お兄ちゃん”もないだろ。血のつながらない男にお兄ちゃんって、ココノの歳じゃあんまり言わないぞ」


 ルークは今年で15、ココノは13になる。精神的に微妙な時期を迎えるルークは、色んなことがちょっと恥ずかしくなる頃合いだった。


「せめて人前じゃ、なにか別の呼び方できないのか」

「んー……だったらわたしのことは“おまえ”って呼んで」

「おまえ?」

「わたしは“アナタ”って呼ぶから」

「却下だ」


 むしろ現在よりも誤解を招く提案に、ルークはお兄ちゃんの継続を受け入れた。


「けどさ。お兄ちゃんこそ、カレットお姉ちゃんのこと“姉ちゃん”って呼ぶじゃない」


 言われてみればと、ルークは記憶を探ってみた。確かに物心ついた頃から、カレットのことを“姉ちゃん”以外で呼んだことはない。


「じゃあ俺も普通に“カレット”って呼べばいいのか?」


 

例「弁当作ってくれてありがとな。姉ちゃん」

  ↓

 「弁当作ってくれてありがとな。カレット」



「ごめん。それは許容するわけにはいかないよ」


 脳内でルークの声を再生し、ココノは即座に却下した。下手したら恋人同士ともとられかねない響き。


「お姉ちゃんが変な気を起こすといけないからね」


 ――ココノの言っていることはさっぱりだったが、ルークはひとまず現状維持の考えに落ち着いた。


「ん? ココは今日休みか」


 そういえば姿が見当たらない。ここ最近は2人でいることが多かったはずだけど……と、ルークは辺りを見渡した。


 するとココノは「ココならパンを買いに行ったよ。いや、行かせてやったというべきかな」と胸を張った。


「じゃんけんで負けたほうが、2人ぶんのお昼を買う約束をしてね。やっぱじゃんけんで自分に勝つのって格別だよね」

「ごめん。そのあるあるは理解できん」


 自分も分身を出せるようになったら同じことを思うんだろうか。想像してみたが、どうせ実現しないと思うのでルークは考えるのをやめた。


 そんなとき。


「お、不登校ランナーのお出ましだ」


 最近の生活をそのままあだ名にした呼び声が、ルークの耳に届いた。


「もうちょい気の利いた呼び方はないのか、ロイ」


 久しぶりに顔を合せた相手は、クラスメイトの少年。ロイドだった。


「昼飯どきに来るなんて重役みたいな出勤だねえ。久しぶりだし、パンでよければ一緒にどうだい……ってあれ、ココノちゃん!?」


 ちょこんとルークの隣に立つ少女を見て、ロイドは幽霊でも見たような声を上げた。


「ココノがどうかしたのか」

「いや、つい今売店で挨拶したばかりなんだけど……瞬間移動?」

「あ、それわたしの相方です」


 相方という表現に一瞬、戸惑った表情を浮かべたロイド。しかしすぐに「そっか。自分を召喚できるんだったね」と言って手のひらを叩いた。


「分身ってこういう使い方もできるんだね。便利だなあ」


 逆にパシられることもあるようだが、そんなことは知らないロイドは純粋に羨ましそうだった。


「どうでしたか、ロイド先輩。ココはちゃんとパン買えてました?」

「うん、買ってたと思うよ。なんかメロンパン咥えてたし」


 ひとり1個までの限定メロンパンを先に食べたね……。隣に立つルークの耳には、殺気を含んだ呟きがぎりぎり届いた。


 直後、ココノは「あ、わたし用事を思い出したので先に行きますねロイド先輩。お兄ちゃんもまたねー」と残して、すぐさま立ち去って行った。


「――なんだか急に寒気を感じたよ。風邪かな」


 さすが鋭いな。ルークは友のアンテナに感心したが、喋ると後が怖いのでとりあえず頷いておいた。


 それから二人して教室に向かって歩く。その間、何度かルークは他学年の生徒に声をかけられた。しばらく来てない事実が広まっているのだろうか。そんな疑問を抱えていると、


「ルークも今や英雄だからねえ」


 とロイドは笑った。


「この村から、王国への遠征許可が出たのは10数年ぶり。それもルークやココノちゃんの歳で行くのは前代未聞なんだってさ。知ってた?」


 もちろん知っていた。許可が出にくいからこそ、ルークは何度か無断で村を飛び出した過去がある。その度にリヴェール姉妹や騎士団の面々に連れ戻されたが、今となっては申し訳ない思い出だった。


「そんなわけで君は有名人。それもあのリヴェール姉妹と一緒とくれば、憧れと嫉妬の視線は免れないよね」

「嫉妬もあんのかよ」


 できれば快く送り出してほしいものだが。文句がのど元まで昇ってきたが、リヴェール姉妹の人気ももちろん知っているので、そこは甘んじて受けるしかないとルークは割り切った。


「ちなみにロイドも嫉妬してる側か」

「んー、姉妹のバストがもう10cmずつ成長したら嫉妬するかな」

「独特の価値観だな」


 あとで告げ口してやろうと思ったが、しかし揃って控えめなサイズの2人に胸の話は禁句だった。自分に被害が及ぶかもしれない。ルークは友を売るのをやめた。


 ルークが教室につくと、クラスメイト達からは歓声が上がった。彼らはルークとリヴェール姉妹の関係を知っているからか、純粋な激励の言葉しかなかった。


 同じ教室で育った仲間から王の騎士団に入団する者が出るかもしれない。それがただ誇らしい。そんな空気だった。


「あーあ。なんだか差がついちゃったね。ライバルだったはずなんだけどな」


 ロイドが冗談めかした言葉で呟く。するとルークは「今でもライバルだろ?」と不思議そうに返した。何をおかしなことを、とでも言いたげな顔で。


「――ライバルが次に帰ってくるときは、王の騎士たちの一員か。僕も頑張らないとね」


 あまり人前で決心を語らないタイプだったが、気づくとつい、ロイドはそんなことを口にしていた。


「そうだルーク。みんながサプライズ送別会を企画してるから、出発の前日にはちゃんと学校にきなよ」

「たった今サプライズじゃなくなったな」

「言っとかないとサボるかもしれないからね」


 ここしばらくの登校実績を思い返すと、ルークはぐうの音も出なかった。


「そういえばロイ。終業後に時間あるか。寄りたいところがある」

「今日? 僕も寄りたいとこがあるから、その後なら」


 ルークは黙って頷いた。たぶん、行き先は同じ場所だろうと思ったからだ。


 旅立つ前に足を運んどかなきゃならない。俺なんかとは違う本物の英雄のもとへ。


 ルークはロイドの顔を横目に見ながら、机にノートを取り出した。





 午後の授業が終わって、ルークとロイドの2人はすぐに学校を出た。


 2人で歩く道すがら。普段は饒舌なロイドが無言だった。そんな彼に合わせたのか、ルークも黙って隣を歩く。


 到着したのは中央広場の裏手にある墓地。


 ここには夏の終わりの遠征で亡くなったロイドの父親も眠っている。


 墓石の前に添えられた花をロイドが入れ替える。そんな様子を見ながら、ルークは黙って手を合わせた。


「ありがとう。なんか気を遣わせたね」


 ロイドの言葉に、ルークは小さく首を振った。


「ロイの父さんたちが果敢に戦ったおかげで、今の俺たちがある。祈りのひとつも捧げないまま、村を出るわけにはいかないだろ」


 ルークはもう一度手を合わせると、遥か森の向こう側に見える山々に向かって目を閉じた。そこは村の騎士団が強大な魔獣と遭遇した因縁の場所だった。


 すべての騎士たちが命を賭けて戦い、ルークたちをも巻き込んだ死闘の末に、この村には穏やかな秋の季節が訪れた。だが敵との戦いでロイドの父親は命を落とし、ココノは右腕を失った。


 それからひと月。残された者たちは力強く前を向こうとしている。しかし、傷が癒えるのはまだまだ先のことになるだろう。手にした花を添えるロイドの眼に光るものを見つけ、ルークは友の背中を優しく叩いた。


「行こう」


 ロイドは袖で両目を拭うと、いつもの調子で「そうだね」と返した。顔を上げた時にはもう穏やかな表情に戻っていた。


 そうしてもう一つの墓石の前に2人で並ぶ。あの戦いで、もう1人村に戻ってこなかった者の墓だ。


 遺体は発見することができなかった。だから、記録の上では行方不明。しかし領域の外での行方不明が意味するところは察するまでもない。


 ルークは手を合わせると、思わずクラスメイトの顔を思い浮かべてしまった。ロイドと同じく、先日の遠征で父親を失った娘の泣き顔だ。


「――フランは今どうしている?」


 ルークは意を決して尋ねた。プライドが高く気丈なルークの級友、フランチェスカ。学校では姿を見ることができなかった。無理もないことだが、とても学校に来られる状態ではないのかもしれない。


 ロイドは俯くと、躊躇いがちに口を開いた。


「フランならクッキーを焼く練習をしているよ。かれこれもう10回くらい失敗してるみたいだね」

「え? ん?」


 は?


「く、クッキー? どういうことだ?」


 自分の耳を全力で疑った末に、ルークは質問を絞りだした。


「実は僕らもしばらく自由登校になっててね。ルークたち3人を見送る準備に時間を割いていい事になっているんだよ。

 実はちょっと前の役割分担で、フランは送別会の調理担当になった」

「ふ、フランの調理か……っ!」


「うん。みんな全力で止めたけど、最終的にはそうなった。


 とはいえフランもアホじゃない。自分の腕前が壊滅的なことは自覚してる。だから家にこもってひたすらクッキーを焼いてるそうな。


 見に行ってみるかい? 煙突から虹色の煙があがってるぜ」


 いったい何を混ぜたら煙が虹色に染まるんだ。ルークは音を立てて唾を飲みこんだ。


「こ、ココノに手伝わせたらダメかな。あいつ料理うまいし」

「送り出される側のココノちゃんが手を出したら本末転倒でしょ」


 ダメもとで言ってみたが、ロイドからは当然の言葉が返された。もはや腹をくくって食べるしかないらしい。七色の煙を生むクッキーを。


「まぁ……フランも一生懸命だしさ。それで気持ちも紛れるんだと思う。やらせてあげてよ」

「――そうだな」

「ルークが山ほど食べたがってるって伝えとくからさ」

「お前も食わすからな。ロイ」


 そんなバカ話をしていた矢先。ルークは傍で靴音が止まったことに気がついた。


 視線を向けると、さきほどまでルークたちがいた場所に人影があるのが見えた。


「カミル団長」


 2人は早足で駆け寄ると、花束を手にしたカミルに敬礼をした。「やめろ。任務中でもない」カミルは手をひらひらと振って、楽にするよう少年たちに促した。


「すみません。いつも来ていただいているみたいで」

「前団長には俺がいちばん世話になったからな。

 ルーク、お前も来たのか。今日のマラソンは終わったのか?」


 うぉぉ、知れ渡ってる。別にやましいことなどないのだが、あまりに皆がイジってくるのでルークは少し恥ずかしくなってきた。


「ていうかお前なんであんな走ってんだ? スタミナ強化にしてもやりすぎだろう」

「す、すみません。特訓しなきゃと思うんですが、何していいかわからなくて」

「特訓? だったら俺とやるか。

 今から」


 え?


 腰の刃に手を添えたカミルを前に、ルークは大きく目を見開いた。

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