第33話 おまけ② 双子生活
遠足訓練の翌朝。ルークは村の外周を走り回っていた。
昨日の訓練で突きつけられた実力の差。わかってはいたことだが、ルークの心に焦りが芽生えた。
本番の日が迫っている。俺たちには大事な目的があるんだ。足手まといにはなりたくない。
そんな思いから、ルークは夜明けからずっと走り込みを続けていた。
「とはいったものの……急に強くなろうったって、どうしていいかわかんないな」
ひとまず走ってはみたものの、課題はコレじゃない感がつきまとっていた。昨日の訓練だけの話をすれば、ルークが感じたのは自分の経験不足だった。だが経験とはいかにして鍛えたらよいものか。それがいまいち見えてこない。
水分をとる為に、ルークは学校の前で一度足をとめた。まだ日も昇って間もない時間。静かで冷たい空気が、火照った頭に気持ちがいい。
生徒が登校してくるまでまだ時間があるよな……。そう思った矢先、一本道の向こうから人影が近づいてきた。
「あ、お兄ちゃんだ! おはよー!」
「おはよう。ココノ」
「おはようございます、お兄さん」
「え、何で?」
ココノの陰からひょこっと現れた分身に、思わずルークはつっこんだ。
彼女はココ。召喚術師であるココノの魔法によって生み出される分身。人間の姿をしているが、いわゆる召喚獣の扱いになる。戦闘時におけるココノの切り札だ。
その切り札がなぜ普通に学校へ?
「せつめいしよう!」
ルークの疑問は想定していたらしく、ココノはぴんと指を立てた。
「もうすぐ“本番”でしょ? だからわたしも弱点を克服しとかなきゃなって」
「弱点?」
ココノに弱点なんてあったのか? 興味深い単語に、ルークは思わず聞き返した。
「ココと一緒に学校へ行くのが、弱点の克服につながるのか?」
「それはたまたま学校に行く日だからだよ。わたしの課題は、ココの召喚をなるべく長く維持すること。
戦いの中だと3分くらいしかココを維持できないし、普段から練習しておけば時間を延ばせるかなって」
話はわかったが、ルークにはそれが弱点という言葉とは結びつかなかった。それほどまでにココノとココは強い。
「けど2人を相手に3分もつ敵なんてそんなに……」
言いかけて、ルークは言葉を飲み込んだ。思わず包帯の巻かれたココノの右手に目を向けてしまった。
かつて強力な魔獣との戦闘で傷を負った彼女の利き手。今はもう肘から先を動かすことができない。
「みないでよ、えっち」
冗談めかして笑うココノだったが、その表情には少し陰があるのがわかった。
「――あの戦いのとき、わたしが油断してなかったら。もう少しでもココを長く維持できていたなら、大事な右手を失うこともなかった。
油断はもう反省するしかないけど、魔法はこれから成長させられるでしょ? やれることはなんでもやろうかなって。お兄ちゃんみたいにね」
汗でぐっしょり濡れたルークのシャツを見て、ココノはまた笑った。今度は屈託のない笑顔をしていた。
「それにしてもずいぶん汗をかいたね。何周くらい走ったの?」
「ざっと10周くらいだな」
「マラソンランナーになれるね」
この村は一周3kmほどある。思いつきで走ったにしてはなかなかの距離だ。
「ココノ。わたし、大変なことに気がついてしまったよ」
ここまで黙っていたココが、急に神妙な面持ちで口を開いた。そしてココノと同じ顔を、彼女の耳元に近づけた。なんというか不思議な絵面だ。
「疲労した今ならお兄さんを押し倒せるのでは?」
「ココ……久しぶりに喋ったと思ったらそれかい」
「それはすばらしいアイディアだね!」
「採用するな」
ルークは消えかけていた疲労が戻ってきた気がした。ココノと同じ思考の人間がもう1人。それはすなわち、ツッコミが2倍必要であることを意味していた。
「じゃあ多数決で決めます。このチャンスを生かすべきだと思う人」
「はーい!」
「とんでもない圧政じゃねーか。っておい。本気か」
じりじりと近寄ってくる2人組。いちおう逃げようとしたが、そこは30km走った直後。逃げられるはずもない。
しかし直後、掴まれていた服の感触がふっと消える。
「あ、時間切れだ。ざんねん」
いつのまにか、脇に回っていたはずのココの姿は消えていた。そして1人では分が悪いと判断したのかどうかわからないが、ココノもルークに伸ばした手をひっこめた。
「家を出る前に発動したから……全く戦わなければ30分くらいもつんだね。なるほどなるほど」
ココを連れて生活していたのは、魔法の検証も兼ねていたのか。相変わらずしたたかな娘だ。色んな意味で。ルークは大きく息をはきながら、汗をぬぐった。
しかし改めて考えると謎、というより疑問も多い能力だ。
ここでいろいろ知っておけると後から便利かもしれない。
「ココノの魔法は、発動したときの自分を召喚する能力……で、あってるよな」
「なあに、お兄ちゃん。わたしに興味もっちゃった?」
話が進まないので、ルークは素直に首を縦にふった。
「同じ姿だから、もちろん服装は同じ。腰につけた2本のナイフも同じモノだよ」
「じゃあこの鞄は?」
さっきまでココが立っていた場所に落ちている鞄を指し、ルークは尋ねた。
「ココノが鞄をかけた状態で魔法を使えば、ココが同じ鞄をもって出てくるわけじゃないのか」
「そんな都合よくいかないよ。だって召喚ってイメージ修行がものすごく大変なんだよ。
私が召喚できる姿は、“着慣れた服と武器を携えた自分の姿”だけ」
「じゃあ例えば、宝石を持って分身したら、手にした宝石が2つになるわけじゃないのか」
もちろん術を解けば消えてしまう宝石だが、もしそうだったなら何かに悪用できそうな力だ。ルークはそんな風に思った。
「姿に関してはそんなルールがあったんだな。……記憶とかはどうなんだ」
ココと接していると、彼女は術者であるココノと記憶を共有しているのはルークにもわかった。だが思えば、その逆はどうなんだろうか。
「ココはココノと記憶を共有している。つまりココノが知ったことは、ココも知ることができる。
逆にココが知ったことは、自動的にココノも知ることができるのか」
「それは無理」
こちらが無理なのはルークにもいささか意外だった。
「本体のわたしが知ったことは、わたしから分裂したココも知ってるよ。けど、ココだけが見たり聞いたりしたことは、ココから話を聞かない限りわからないんだ。
これできたら便利だなあって思うんだけどね。ココに勉強してもらってわたしが遊びに行くとか」
「絶対やらんと思うけどな」
まーねー、と舌を出すココノ。わかってて言っていたようだ。
「ねえねえ、他には聞きたいことないの? 彼氏はいるんですか、とか。
もちろんいないよ。だからいつでも結婚できるね」
「聞いてないからな」
隙を見てこういうの挟んでくるよな……。全くもって油断ができない存在だと思った。
もし返答を間違えたら、そこで何かのエンディングを迎えてしまう可能性がある。
「――ともかく、ココノは人間を召喚するっていう高等技術を極めちゃいるが、なんでもアリってわけでもないんだな」
村に召喚士はココノの他に3人いる。その中で知性をもつ召喚獣を発現させられるのはココノだけだった。だからルークは心のどこかで、ココノはその才能で何でも実現できる存在に思えていた。
けれど話を聞くと、少し失礼だったかなと思った。いろいろ試して、できないことにもぶつかって、今のココノがあったのだ。
「でもさ。もし何でもありの存在になれるなら、ココの右手だけでも治してあげたいな」
ココノは少し申し訳なさそうに、左手で包帯の巻かれた手首を撫でた。
「わたしのミスでココの手まで使えなくなっちゃったから。もう一回、最初から修行しなおせばできるかな」
「馬鹿なこと考えるな」
「――これは真剣に言ってるつもりだよ?」
むくれるココノだったが、ルークはすぐさま首を横に振った。
「“自分の姿をコピーする”って前提から変えるなら、それは新しい別のものを召喚するのと同じだ。次に召喚するココは今のココじゃなくなる。ココノはそんなことを望むのか?」
「――」
「望まないだろ。だったらココも同じはずだ。
逆の立場なら、ココノはなんて言う」
「――いっしょに腕を治す方法を見つけようね、っていう」
「それも同じだ。大丈夫。姉ちゃんと俺がついてる」
そう、ココノの手を治す手段はきっとある。二週間後に始まる旅は、そのための旅だ。
世界は広い。見つかるまでどこまでだって探しに行こう。
そんな覚悟を固めながら、ルークはココノの頭をそっとなでた。
「お兄ちゃん……。こういうこと誰にでもしてないよね」
「? こういうことって?」
「そういう感じがホント心配だよ。……これはちゃんと監視しとかなきゃいけないね。
ココっ!」
叫びとともに、再びココがその場に現れる。
「お兄ちゃんに他の女が寄らないようにしっかり見張るよ! 手伝って!」
「見張るより、いっそ拘束してしまうのはどう?」
「それいいね!」
「だから採用するなと」
回復時間が短かったせいか、この後ココはすぐに姿を消した。それがわかったこともいちおう収穫にはなった。
けどとても休憩にはならなかったな……。へばりついてくるココノをひきはがしながら、ルークは再びため息をついた。
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