第22話 揺らぎ

 深夜になっても、広場の灯りが消えることはなかった。


 疲弊しきった騎士たちの何人かがその場に残っていた。村の女性たちが傷の手当てに当たったり、温かい食べ物をふるまったりしていた。


 そんな光景を見ながら、ルークは隣のココノにうつろな声をかけた。


「何が、あったんだろうな」

「わたしだって知りたいよ」


 何度目かわからないほど、二人は同じやりとりをくり返した。誰に聞いても「魔獣にやられたらしい」以上の答えは返ってこなかった。わけがわからないまま、二人は村の仲間が苦しんでいる姿を見ていることしかできなかった。


 ひたすら歯がゆくて、悔しい気持ちに耐える事しかできなかった。


「たぶん騎士団の被害は……怪我人が出ただけじゃない。人数も減ってた」


 ひときわ沈痛な面持ちで、ルークはうつむいた。これは人から聞いた話ではない。ルークが自分で気がついたことだ。出発のときは22人いた騎士たちが、医療棟と広場にいた人数をあわせて20人に減っていた。


 クライヴ団長とマスター・ナナの姿がどこを探しても見当たらなかった。

 それが何を意味するのか。ルークにわからなかったはずはない。


「許せないよ。俺にはどうしても」


 軋む音が立つくらい、ルークは強く歯を食いしばった。父の姿を探して駆け回るフランチェスカの泣きそうな顔が、瞼に焼きついて消えなかった。話ができそうな騎士たちに話を聞いて回るロイドの姿が忘れられなかった。


 事実はもうロイドとフランチェスカに伝えられたのだろうか。二人はどんな顔で受け止めたのだろう。それを思うと、憎悪は激しさを増すばかりだった。


「――そうだね、お兄ちゃん。みんなのかたきを、わたしたちがきっととろうね」


 呟いたココノの声は穏やかだった。怒りに燃えるルークを、あるいは自分自身を静めようとしているかのようだった。


 そんなとき。聞きなれた声が二人の名前を呼んだ。鎧をまとい、剣を腰に携えたカレットが姿を見せた。


「ここにいたのか。二人に大切な話があるんだ」


 前置きなんかなくても、始まるのが雑談でないことはカレットの表情でわかった。ルークとココノは言葉を返さず、耳を傾ける姿勢をとった。


「これから外へと向かう。二人にも同行してほしい」


 それからカレットは簡潔に任務の内容とその背景を伝えた。二人は驚く様子もなく話を聞いていた。ただその雰囲気は冷静とは程遠いものだった。頭に血が上っているのが表情だけで伝わった。


「今回の任務は、あくまで解毒草の収集。魔獣との交戦はできる限り避ける」


 二人の顔を見ながら、カレットは念を押すように言った。


「私たちには余裕の戦力も時間も残されてはいない。解毒草を手に入れて、無事に村へ戻ることだけを考えるんだ」

「――」

「――」

「返事はどうした」


 カレットに視線を合わせたまま、ルークとココノは押し黙った。


「約束ができないなら、私は二人を連れていくことはできない」

「! それじゃ危険すぎるだろ! 姉ちゃん」

「冷静でいられない者を同行させる方が危険だ。それなら私一人のほうがましだろう」


 平然と言ってのけるカレットに、ルークは息をのんだ。もし首を縦に振らなかったら、カレットは本当に自分一人で任務に出るかもしれない。そう思わせる雰囲気があった。


 もちろん村人の命がかかっている今、カレットがそんな無茶に出るはずはない。“一人”という言葉は二人を納得させるための方便だ。


 ルークとココノの胸に届く言い回しをカレットは熟知している。それこそ団長のクライヴや、実の親以上に。


「私はルークとココノと、一緒に行きたいと願っている。二人が信じてついてきてくれるのなら、私にとって――それほど心強いことはない」


 カレットはまっすぐに二人を見た。はぁ、と小さなため息がルークの耳に聞こえた。


「そんな風に言われたら、無茶なんてできっこないよね。お姉ちゃんが信じてくれるっていうのに、裏切れるはずなんかないもん」


 かどのとれた声でココノが言った。「ありがとう」そう返したカレットもまた、柔らかく微笑んでいた。そんなやりとりが背中を押したのだろう。


「――わかったよ姉ちゃん。俺も任務の遂行に集中する」


 ルークはなんとか言葉にすることができた。しかし。


 もしもロイやフランが「仇をとってくれ」そう望んだなら。俺は本当に、敵への怒りを抑えられるのだろうか。心を保つことができるのだろうか。


「信じている」


 嬉しそうに言うカレットの顔を、ルークは直視できなかった。

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