第21話 二人の姉として

 寝支度を済ませた時分になって、報せはカレットの耳にも届いた。


 村の騎士団が帰還した。話を受け、すぐさまカレットは外へ飛び出した。予定より半日も早い帰還。つまりは“予定外の出来事があったのだ”。そう思い至ったからだ。


 しかし惨状はカレットの想像を遥かにこえるものだった。


 帰還を果たした騎士20名。万全の状態の者は誰一人としていなかった。大半が緊急の治療を必要とする傷を負っていた。うち何人かは意識もはっきりしない有様だった。


 うめき声の響く広場は、まさしく地獄の絵図だった。


「どうしてこんな……一体なにが」


 戸惑いながらも、カレットは治療の手伝いに奔走した。それで現状が収まるとは思えなかったが、何もせずにはいられなかった。


 特に容体の思わしくない者を医療棟へと搬送した。区切りがつく頃には一時間が過ぎていた。


 彼女が呼び出しを受けたのはそんな頃だった。


 向かうよう告げられた場所は長老の家だった。つまりはカレットの自宅でもある。


 そこに待っていたのは長老のノア。そして学校で働く彼女の同僚であり、友人のマヤだった。


「話はどこまで聞いておる」


 ゆらめく蝋燭の向こう側で、ノアがしゃがれた声を発した。「まだ何も」カレットが答えると、マヤも首を振った。「そうか」ノアは口髭に手を当て、ゆっくりと口を開いた。


「遠征に向かった騎士団は壊滅。数名が毒に侵され、今も生死の境を彷徨っておる」


 それから、ノアの口から事の一部始終が伝えられた。


 遠征の最中にサソリの魔獣と遭遇したこと。数名の騎士が毒に侵され、交戦を余儀なくされたこと。クライヴとルミノアルが足止めの役割を買って出たこと。二人はいまだ村に戻ってはいないこと。


 全ての事実が、粛々と語られた。


「ではクライヴ団長とマスター・ナナは……」

「おそらくは、主らの考える通りだろう」


 ノアは間もおかず肯定した。カレットとマヤの表情が曇った。「だが」そんな二人へフォローの言葉も入れないまま、ノアは続ける。


「今は残った二人を心配する段階にはない。儂らの考えるべきは、戻った騎士たちをいかに救うかという点にある。村に解毒の魔法を極めた者はいない。このままでは、犠牲者はさらに増える」


 時は一刻を争う。念を押すように、ノアの眼光が二人へ向けられた。そこでやっとマヤが、わずかに遅れてカレットが理解をした。乱れた動悸を整えるように息を吸う。


「私たちの任務は、解毒草の収集ですね」

「うむ。村へ戻った騎士に、外へ出る余力の残っておる者はおらん。回復を待つ時間もない。指揮を執ることができる者は、主らの外に考えられん」


 ノアはあえて伏せたが、再び出撃を希望する騎士は何人かいた。しかし彼らは帰還の途中に遭遇した魔獣たちとの戦いで、体力も魔力も使い果たしていた。気力だけではどうにもならない。それが現実だった。


「騎士団の遭遇した魔獣“蠍”の特徴は、王の騎士団の調査書にも載っておった。その情報をもとに解毒草の調査を行う。まずは有効な解毒草の群生地を突き止める必要があるが……」

「星の峰です」


 無礼を承知で、マヤは口を挟んだ。今は時間が惜しい。


「サソリ毒の解毒草は主にカロム高地、星の峰エリアにて群生が確認されています。グランデ=エイルの残した書物に載っておりました。気候条件や地質条件とも一致しています。おそらくは間違いのない情報でしょう」


 ――最初の課題は、マヤの一言により一瞬で片がついた。情報収集とその真偽の確認は、それだけで膨大な時間の浪費が懸念されるステップだ。


「凄い……」カレットは思わず声を漏らしてしまった。騎士ではない彼女がここに呼ばれた理由が、わかった気がした。


「あなたほど凄くはありませんよ。カレット」


 眼鏡を直すマヤに、カレットは「謙遜することないのに」と目を輝かせた。


「昔からすごく物知りだったものな。私は勉強じゃ、一度もマヤにかなわなかった。小さいころから尊敬していたんだぞ」


 ……。しかしそれ以外は、すべてあなたの方が上だったでしょう? カレット。


 そんな強がり交じりの悪態を、マヤは言葉にできなかった。カレットの口から聞けた純粋な賛辞が嬉しくて仕方がなかった。


 カレットは知るよしもないが、子供の頃のマヤはカレットをライバル視していた。優等生すぎるカレットを誰もが羨むだけの中、唯一、彼女に勝ちたいという思いを捨てられなかった少女だった。


 せめて得意の勉強だけは譲らない。負けたくない。彼女は才能の差を覆す努力を、寝る間も惜しんで積み重ねた。


 膨大な知識がマヤの頭に刻みこまれていった。記述試験で一位をとり続けたことは執念の結晶であり、密かな勲章でもあった。


「――話がそれました。続けましょう」


 表情の緩んだ自分を戒めるべく、マヤは声に出して言った。「そうだな。すまない」合わせたカレットだが、マヤに向ける視線は変わらなかった。


「星の峰までは南へ8km。距離自体はさほど問題ではありません。ただ厄介なのは、星の峰という岩壁の高さです。標高にして約200m。傾斜はほぼ直角です。


 岩壁の更に南方へ回れば傾斜はゆるくなりますが、かなりの距離を迂回することになります。一日では戻れない行程になるでしょう」


「それでは手遅れになるな」

「ええ。ですから時間を短縮するために“200mの岩壁を自力で登ることのできる身体能力の持ち主”を同行させる必要があります」


 200mの岩壁昇り。普通の人間ではまず難しい。よほど特殊な訓練を積んだ者か、あるいはそれに適した魔法の使い手でもない限りは。


「そして岩壁を昇る者を万全の状態で到着させるために、護衛の戦力が必要です。どんな魔獣が現れようと……再び蠍と相まみえたとしても、対抗できるだけの戦力が」


 22名の騎士たちが敗北したほどの魔獣、蠍。対抗できるだけの戦力を整えるには、それこそ圧倒的な力の持ち主が必要だ。騎士団の二の舞にならないために。


「――カレットや。今回の任務は、主が隊長だ。誰を同行させるかは主が決めるがよい」


 ノアの静かな声に、カレットは頷いた。誰を同行させるかはもう決めていた。彼らの他にはないとさえ思った。


「ルーク=エイルとココノ=リヴェールの二名を同行させます」


 身体強化という基礎体力向上の魔法を操る少年。彼ならば200mの崖を強化した手足で登ることができる。


 そしてまだ幼いとはいえ、村で最強の実戦能力を持つ少女。彼女なら強力な魔獣の襲撃にも抗うことができる。


 そして何より、チームとしての力には自信があった。きっと足並みが乱れることはない。そんな確信がカレットにはあった。


 ずっと三人で生きてきたからだ。


「未成年の二人ですね。危険な任務につかせるにはまだ早いのでは……」


 いかに優秀とはいえ、ルークとココノはまだ子供だ。外出資格さえ得ていないルークは経験不足だろうし、ココノは精神に未熟な部分が残る。判断ミスや暴走の危険がないともいえなかった。けれどカレットはわかった上で彼らを選んだ。


「彼らの足りない部分は全て私が補います。部隊の隊長として。二人の姉として」


 その言葉に、ノアは「ならば異存はない」カレットの決断を一も二もなく認めた。マヤは心配そうな表情を隠せなかった。しかし最後は、カレットを信じる気持ちが上回ったようで。


「あの子たちを、よろしくお願いします」

 

 気のおけない友人に、深々と頭を下げた。「任せてくれ」カレットはどんと胸を叩いた。


 ルークとココノは必ず自分が守る。


 そんな決意が、握った拳にこめられていた。

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