第15話 挑む背中へ

「おおおおぉぉぉぉおおあッ!!」


 二番手の挑戦者。大剣使いゲルド=マックヴェル。勝負の開始とともに、彼は勝負に出た。レスターに向かって正面からの突進。中型の魔獣すら一刀のもとに両断する大剣を、その剛腕で思い切り振り下ろす。


「先の戦いを見て、なおも真っ向勝負を挑むか。その心意気や良し」


 標的を捉えた大剣の腹に、レスターの手が添えられた。かと思うと、次の瞬間には剣の軌道が大きく逸れた。


 いなされた――素手で!? ゲルドの表情が驚愕に歪む。そして次の瞬間には、彼の顔が、物理的に歪んでいた。蹴りを受けたことすら、気づけたかどうかはわからない。ゲルドは綺麗に脳を揺らされ、そのまま膝から崩れ落ちた。


「あの大剣を振り回すとは相当な腕力の持ち主だ。よく鍛錬をしているな」


 シャロンの賛辞も、伏したゲルドには届かない。クライヴの無機質なコールが闘場に響いた。


 村の誇る手練れの連敗。観衆は水をうったように静まった。


「三番手。サラ=コルホネン。前へ」


 カレットの隣に腰掛けた女性騎士は、びくん、と身体を震わせた。自分より戦闘に長けた二人がなにもできずに敗れた。その現実は、彼女に明確な恐怖を植え付けていた。


「厳しいね。あの感じじゃ」


 震える足で闘場へと入るサラを一瞥し、ココノが呟いた。その予感は直後に現実のものとなる。


 開始のコールと同時に、サラは魔弾(魔力の玉)を掃射した。レスターは自分に向かう弾を全て篭手で弾いた。


「あれだけの数を同時に撃てるのは大したもの。しかし無駄が多すぎる」


 魔弾の処理を終えたレスターは、歩み寄るように距離を詰めた。サラは叫び声を上げて剣を振った。しかし剣閃は残像すら捉えることができなかった。

 服を掴み上げられ、そのまま宙へ。


「――化物だ」


 ルークの呟きは、サラの身体が地面に落ちる音と重なった。よほど丁寧に投げ落としたのだろう。予想に反して軽い音だった。


「掌底に蹴りに、投げ技まで上手なんだね。腰の剣は飾りなのかな」


 そんなココノの疑問に、カレットは曖昧に微笑んで返すことしかできなかった。敗れた三人はみな先輩だ。口が裂けても言えるはずなどなかった。


 単に剣を抜く必要すらなかったのだろう、などと。


「四番手。カレット=リヴェール。前へ」

「大丈夫なのかよ……姉ちゃん」


 腰を浮かせるカレットをルークは思わず引き留めた。カレットの実力は重々に知っている。しかし目の前の騎士は、それよりも遥かに上をいっていた。とても勝てるイメージがわかなかった。


「心配してくれるのか。ルーク」


 カレットは嬉しそうにルークの頭を撫でた。


「そうだな。レスター騎士の強さは圧倒的だ。私よりも遥かに上の実力であることは明白だろう。けれど勝負はやってみるまでわからない。

 挑みもせずに逃げるなど、騎士の名折れだ。そうは思わないか。ルーク」

「――うん」

「では行ってくる」


 微笑みを残し、カレットは闘場へ発った。中央でレスターと向かい合う。礼を終えた頃には、騎士の顔に変わっていた。


 ――相手は私がいままで戦ってきた中でも、おそらく最強。だが負けはしない。

 見ていてくれ。ルーク。ココノ。


 カレットのレイピアに炎が点った。刀身を這うが如く、灼熱の魔法が銀の剣を包んだ。


「! 炎の魔法か」


 背もたれに体重を預けていたシャロンが身を乗り出した。そして同時。


 魔法を発動したカレットを前に、レスターが初めて腰の剣を抜いた。


「始め」


 炎を纏った刺突が、轟音とともにレスターの胸元へと突き出された。


 レスターは半歩下がって、カレットの攻撃を処理。そして間合いを測る。そんなレスターへカレットはすかさず炎の球を飛ばした。


 遠距離攻撃もできるのか。レスターは剣を握り直すと、火球を弾いた。そして踏み出し、一気に距離を詰める。狙うは上段の蹴り。


「っ!」


 カレットはほとんど反射の速度で身を翻した。レスターの蹴りが空を切る。


「おぉっ!」カレットの動きに会場が沸いた。初めてレスターの初撃を躱した者が出たのだ。期待が高まらないはずはない。


 だがカレットの表情は厳しかった。読み切っていてなおも、あと一歩のところで攻撃を受ける所だった。


 ――先輩たちの戦いを見ていなければ今の一撃で終わっていた。

 私が戦えているのは、前の三人が全力を賭して戦ってくれたからこそ。

 無様な決着など許されない。わが騎士団の誇りに、勝利の華を!


「はッ!」


 カレットの一閃。一層、勢いを強める炎にレスターは表情を引き締めた。


「素晴らしいね。彼女は」


 瞬きも忘れて、シャロンは闘場の攻防に見入っていた。


「身のこなしは一番手のカミル隊長が上だろう。しかし魔法の練度はカレット騎士の方が遥かに洗練されている。炎を用いた近距離攻撃、遠距離攻撃、それに防御。すべてをバランスよく使いこなしている。あの若さで、よくあそこまで極めたものだ」


 シャロンの独り言を聞きながら、カレットと斬り合う最中のレスターも同様の感想を持っていた。魔法の練度だけなら、カレットはもはや王の騎士と遜色のないレベル。


 レスターはちらりと視線を送った。指示を仰ぐときの目だ。


 いかがいたしましょう。彼女は。


 視線に気づいたシャロンは、小さく首を横に振った。試練は試練。方針に変更はない。


「しかし彼女は立派な騎士だ。レスター。勝負を決める際は、敬意のある一撃を」


「承知」呟いて、レスターは再び剣を握り直した。両手持ち。いままで見せなかった型に、カレットは炎を強めて防御の範囲を広げた。


 なにか来る――……

 思ったときには、剣の峰がレイピアをすり抜け、カレットの脇を捉えていた。


 片手持ちの時とは比較にならない剣速。刀身を盾にすることも間に合わず、カレットは闘場の端まで飛ばされた。


「姉ちゃん……!」


 絞り出すように、ルークはカレットを呼んだ。カレットは地面に転がっていた。

 終わった。誰もがそう思った。だが。


「――まだ意識を保つか」


 レスターは目を見開いていた。必殺の一撃を受けてなおも、目の前の少女が立ち上がろうとする姿を見たからだ。


 寸前で脇に魔力を集中させたのだろう。理屈はレスターにも理解できた。しかしそれでも、決して浅いダメージでは済まなかったはずだ。意識があるだけでも不思議なのに。


 カレットはまだ戦いを続けようとしていた。


「勝者。レスター=クック」


 カレットの様子を見て、クライヴはレスターの勝利を宣言した。これ以上の継続は危険であるとの判断だ。


 誰も異を唱える者はなかった。カレットの身体は、誰の目にも戦える状態には見えなかったからだ。


「姉ちゃん!」


 駆け寄るルークに、カレットは「心配するな」と、膝をついて返事をした。


「随分と……綺麗に攻撃をされた。ダメージは大きいが、骨や内臓に異常はなさそうだ。

 私は少しの間ここを離れるが……ルークは自分の勝負に集中するんだ」


 額に玉のような汗を浮かせながら、カレットは笑顔を作った。


「ルークが立派に戦ったって聞くの、お姉ちゃんは楽しみにしているからな」

「わかった。わかったからもう寝てろよ! 俺の心配ばっかするなよ」

「――うん」安心したようにカレットは目を瞑った。





 担架で運ばれたカレットを見送り、控え席へと戻るルーク。六つの椅子のうち、四つが空席になっていた。


「姉ちゃんの怪我、長引くことはないそうだ」

「知ってる」


 ルークの報告に、ココノは眉ひとつ動かさず頷いた。


「丁寧に当ててたもん。すごい技術だよね。あれ。わたしじゃちょっとまねできないなあ」

「レスター副隊長の腕がそれだけ優れてるってことなんだろう」

「そうだね。生き物を壊すことに、慣れている感じがしたよ」


 視線を落としたままココノは言った。


「ところでお兄ちゃん。ちょっと提案があるんだけど」

「なんだ。ココノ」

「お兄ちゃん、次の勝負棄権しない?」


 ココノは真顔でそう口にした。


 なにを馬鹿なこと言ってんだ。普段ならそう返すところではあった。しかしココノの口調が冗談とは違う雰囲気なのを感じ、ルークは続きへ耳を傾けた。


「だってふつーに考えて、お兄ちゃんじゃ勝てないよ。実力が違いすぎるもん。

 それにね。わたしもちょっと限界なんだ。お姉ちゃんがあんなふうにやられて、もしお兄ちゃんが大変な怪我でもさせられたら、普通にしていられる自信がないよ」


 普段は輝いている碧眼が、にわかに陰を帯びていることにルークは気がついた。


「もしものことがあったら、わたしあの人を殺しちゃうかも」

「――。ていっ」


 ルークのチョップがココノの脳天を捉えた。「うにゃっ」そう言って目を×にするココノ。


「なにするのお兄ちゃんっ!」

「失礼なことばっか言うからだろ」


 叱るような声でルークはもう一発チョップをお見舞いした。今度は少し優しめに。


「俺が負けるって決めつけんなよ」

「だって……」

「姉ちゃんが言ってた。『挑みもせずに逃げるなど、騎士の名折れだ』って。だから俺は逃げないし、負けるつもりもない。信じて見てろ」


 カレットが目の前で負けて、それでもルークは普段より力強い目をしていた。きっと自分がなにを言っても、目の前の少年を止められないだろうとココノは悟った。


「――ずるいなあ。お姉ちゃんの言葉は、魔法みたいだよ」


 そう言ったココノはどこか寂しげでもあった。けれどそれ以上は口を挟もうとしなかった。


「頑張ってね、お兄ちゃん。大きな怪我だけはしないで帰ってきてね。お願いだよ」

「ありがとう。行ってくる」


 返事になっていないことは、ココノも気がついていた。けれどもう止められないなら、せめて快く送り出してあげよう。ココノは両手を握り合い、祈るように瞳を閉じた。


 グローブを装着したルークが闘場に立つ。彼にとって憧れの存在である王の騎士、レスター=クックと向かい合う。


 最大の感謝をこめて、ルークは一礼をした。心のこもった所作だった。レスターがつられるようにしてお辞儀を返す。


 審判を務めるクライヴの右手が上がる。


「始め」


 コールを聞くや否や、ルークは高めていた魔力を一気に解放した。


 ――王の騎士団との交流試合、第五戦。


 広場に集まった人々は、今までに見たことがないものを見ることになる。

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