第14話 初戦
昨日に負けず劣らずの人だかりが広場を囲んでいた。
王の騎士と村の代表の交流試合。詳細が伝えられたのはつい今朝の出来事だ。にもかかわらず、村人たちは仕事をほっぽり出して見物に集まった。
噂に名高い王の騎士がどのような戦いを見せるのか。そんな騎士を相手に、村の戦士はどこまで肉薄することができるのか。
異様な興奮と期待が空間を埋め尽くしていた。そんな中、ルークは重たい視線を地面に落としていた。
「どうしたの、お兄ちゃん。難しい顔しちゃって」
やけに朗らかな声で話しかけたのはココノだった。
「あ、もしかして緊張しちゃってる? だったらわたしがリラックスできる方法を教えたけるね。まず両腕をわたしの背中に回して……」
「いや、いい」
「――せめてツッコミくらいはほしいなぁ」
むくれるココノにも、ルークはほとんど反応しなかった。
「ロイドに勝ったのだな。ルーク」
様子を見かねたカレットが話を振ると、ルークは少し間を置いて頷いた。
「気に病んでいるのか」質問に、ルークは「かもしれない」と呟いた。
「あんな勝負さえしなければ、ロイは代表の椅子を失わずに済んだ。悪いとは思ったんだ。けど……代表になれて嬉しいと思う自分もいた。ロイにとっても大事なチャンスを奪ったのに。それなのに俺は」
「そんな気持ちでいる方が、ロイドに申し訳ないとお姉ちゃんは思う」
カレットはルークの頭にそっと手を置いて言った。
「ロイドは納得して勝負に臨んだ。自分自身を高めたいと強く思って、ルークと勝負することを選んだんだ。ロイドは辛くても、誇りのある選択をした。
ロイドは最後、ルークに言わなかったか。“頼むよ”と」
「――」
「だったらルークがすべきことは、彼の思いに恥じない戦いをすることだ」
「――そっか。そうだよな」
いつまでもどんよりしていたって始まらない。決まった以上は、戦いに集中して臨むべきだ。自分が無様に負けたら、譲ったロイドだって恰好がつかない。
過ぎたことよりも、考えるべきは今だ。ルークは強めに両頬を叩いた。強く叩きすぎて涙目になった。けれど普段の気迫は戻っていた。カレットはほっと息をついた。
「それで、姉ちゃん。俺たちが戦う騎士ってどんな人なんだろ」
「それがまだ決まっていないそうだ」
「決まっていない?」
聞き返すルークに、カレットはそっと指をさした。視線の先にはなにやら言い争っている男女がいた。
「――だから、交流試合には私が自ら出ようというのだ。その方が実力を見やすいだろう」
腕組みをしながら口を尖らせるのは、第四番部隊のトップ、シャロン隊長だ。そんな彼女に向かい合っているのは、長身で筋肉質の男性。副隊長のレスター=クックだった。
「なりません。隊長」レスターは恭しく、しかしはっきりと拒絶の言葉を口にした。
「有事の場合を除き、部隊の隊長が交戦に出ることは軍規で禁じられております」
「そんなの女王に頼めば『かまいませんわ』とざっくり一言認めてくださるだろう」
「ですが許可を得たうえで遠征に出たわけではないのでしょう?」
「むむぅ……相変わらず頭が固いなレスターは。そんなんじゃ嫁に逃げられるぞ」
「何とでも。交流試合には予定通り、私が出ます」
「ふーんだ。レスターの石頭」
捨て台詞を吐いて、シャロンはぷいとそっぽを向いた。
――。意外とあんな感じなのか……王の騎士団。
あんぐりと口を開けるルークに「じ、実力は確かな人たちのはずだ」なぜかカレットがフォローに回った。
いや別に幻滅したとかそういうわけじゃないけどさ。もっとこう言葉づかいとか厳しくて、威厳の塊みたいな人が隊長をやってて――いやいや、イメージを押し付けるのはよくないよな。それよりも集中しないと。
軽く頭を振ると、改めてルークは対戦相手へと視線を向けた。
レスター副隊長。第四番部隊のナンバー2。到着したときには斧を背負っていた。おそらくそれが本来の武器なのだろう。
しかし今は剣を腰に帯びている。抜かなければわからないが、柄に紋が見当たらない。おそらく模造刀(レプリカ)だろうなとルークは見た。鎧も今は篭手の部分しかつけていない。
あんな装備で交流試合に臨むつもりなのだろうか。対戦相手にはココノやカミル隊長も含まれている。仮にも村の精鋭を相手にするのだ。あまりに準備が不十分では?
――いや、違うか。油断をしている風じゃない。それで充分だと考えているんだ、彼は。王の騎士団は。
ルークは汗ばんだ手のひらを拭って、先方の司令官を見た。悠然と足を組み、椅子に背中を預ける格好のシャロンが見えた。
「準備が整いました。シャロン隊長」
報告に訪れたクライヴに「こちらもようやく決まったところだ」と、シャロンは軽いため息をついた。
「お待たせをしてすまなかった。部下の頭が固くて、決めるのに時間がかかってしまったよ」
その言葉は間違いなくレスターに聞こえていた。というか聞こえるように言っていた。しかしレスターは平然とした顔だ。慣れっこらしい。
「いえ。それよりも対戦形式ですが、レスター副隊長が6人全員を相手にするという形でよろしいのでしょうか」
「うむ。全く問題ないよ。対戦の順序もそちらで決めて貰ってかまわない」
「わかりました。村の代表者のリストを用意しましたが、ご覧になりますか」
「痛み入る。必要があれば読ませていただこう。それより」
闘場の向こう側に控える六人へ目をやると、シャロンは細い指を立てた。
「ひとつ伺いたい。あそこにいる金髪の――そう、背丈の小さい女の子。あの子は?」
「彼女はココノ=リヴェール。長老の孫娘で、代表の一人にも選ばれています」
「ふむ……。ではあの子が出る前に、一度だけ休憩をとってもらっていいだろうか」
シャロンの注文に、クライヴは「承りました」と残して闘場に入った。
そして村の代表サイドへ合図を送る。クライヴが手を挙げたのを確認して、一番手の代表者が椅子を立った。村の騎士団青年部隊隊長、カミル=ローだ。
「カミルさんがどれだけ戦えるかで、だいぶ雰囲気変わるよね」
ココノの言葉に「ああ」とカレットが低く相槌をうった。
「村の騎士の中でもトップクラスに強い。カミル隊長の勝敗は、以降に控える者の士気に大きく影響するだろう」
カミルの名前とその実績は、ルークでさえも耳に覚えがあった。若干二十三歳にして次期団長の筆頭候補。遊撃時代は魔獣の討滅数一位という記録の保持者。対人戦の技量こそ定かではないが、それでも群を抜いた実力者である事実に疑いの余地はないだろう。
よく見ておかなくては。ルークは闘場に集中を向けた。カミルが一礼をして、腰の西洋刀(サーベル)を抜いた。
「始め」
――ん? クライヴの合図を聞いてすぐ、ルークは自分の目を擦った。視界の一部がぼやけて見えたのだ。
ゴミでも入ったのだろうか。しかしそうでもないらしいことに、ルークは気がついた。視界が霞んだのは一部だけ。剣を構えたカミルの姿だけだった。
「あれがカミル隊長の魔法だ。自分の気配を極限まで薄くする」
カレットの説明に、ああ、似たような現象を見たことがあるなとルークは思った。虫捕りでもそんな魔法を使う魔虫を狙った覚えがある。確か無鳴蝉という名前。
アレは害のない虫だから、魔法を使われたところで危険を感じることはなかった。しかし剣を持つ騎士が同じ魔法を使ってくるとなると話が別だ。接近にすら気づけないまま、勝負が決することだってあり得る。
「彼はいい魔法を持っているな。そこらの魔獣では、爪の一振りも当てる前に串刺しだろう」
部下と相対するカミルを見て、シャロンは微笑んだ。
「だが、まだ荒い。気配を完全に消し去るくらいでなくては」
レスターの感覚は欺けないよ。言葉が終わるかどうかのタイミングで、カミルは仕掛けた。魔力を込めた剣の切っ先が、レスターの眼先数ミリの距離を横切った。
「驚くべき鋭さだ。成長を期待している」
――言葉は、おそらく最後までカミルの耳には届かなかった。レスターの無骨な掌が、カミルのみぞおちにめり込んでいた。
カミルの四肢から力が抜ける。精力に満ちた若い肉体が、死体のように地面へと崩れた。
あまりにも、あっさりと。
「勝者。レスター=クック」
クライヴの合図。倒れるカミルへ、レスターは小さく礼をした。そして顔を上げる。
「なるべく傷をつけないように眠らせたつもりではあるが、念のために救護を」
レスターの要請に、村の騎士たちは慌ただしくカミルへ駆け寄った。動揺を隠しきれない顔をしていた。それは観客たちも。そして、後に控える五人の代表者たちも。
ナンバー1の若手騎士が手も足も出せずに敗れた。
信じられないし、信じたくないもない光景が、そこに現実のものとして広がっていた。
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