第13話 たのむよ

 明朝。まだ朝日も昇っていない時刻に、ルークは家を出た。


 辺りはまだ薄暗い、どころか暗い。そして寒い。こんな時間に起きることってあんまりないな……ルークは大きく伸びをして空を見上げた。


 それにしても何だろう。ロイのやつ。こんな朝早くから。


『わりと大事な話があるんだ。武器と防具を準備して広場に来てほしい』


 まだベッドで寝返りをうっている頃に、とつぜんノックの音が鳴った。玄関の戸を開けるとロイドが立っていた。寝ぼけ眼をこするルークに、ロイドは用件だけを手短に伝えた。


「今からじゃなきゃだめか」尋ねるルークに「今からがいいな」と言ってロイドは去って行った。普段と変わらない調子に見えた。


 だが冷静に考えたら、こんな時間に呼び出されること自体が普通じゃないことにルークは後から気づいた。それも武器と防具を持って、である。いったい何を始める気なのだろうか。


 こればわかる。ロイドはそう言っていた。だからとにかく、行ってみるしかないのだろうが。


 広場につくと、そこにはロイドが一人でいた。他に人影は見当たらなかった。


「何を始める気だ。ロイド」

「何を始めるにしても、先に話さなきゃいけないことがあるね」


 ロイドはルークに向かい合って、口を開いた。


「今日、この広場で交流試合が開かれることは知ってる?」

「――いや、聞いてない。っていうか交流試合? 誰と誰の」

「王の騎士と、村の代表。その代表候補に僕が選ばれた」


 目を見開くルーク。驚きを隠せない友人を前にも、ロイドは変わらない調子で言葉をつないだ。


「試合形式は一対一の決闘。一撃でも入れることができたならこちらの勝ち。

 もしこの試合で実力を示すことができたなら、王の騎士団に入団の可能性もある。そんな特典までついた交流試合なんだ」

「――す、すげーじゃんかそれっ!」


 ただ黙って驚いていただけのルークが、眠気のとんだ叫び声をあげた。


「その代表にロイが選ばれたのかよ! じゃあもしかして、ロイが王の騎士団にスカウトされるかもってことだよな。やったじゃないか、ロイッ!」


 友の挑戦をルークは自分のことのように喜んだ。しかしロイドはどこか寂しげな表情だった。


「ありがとう、ルーク。そんなに喜んでくれるとは思ってなかった。

 でもさ。挑戦の前に確かめなきゃいけないことがある。そう思って君を呼んだんだ」

「確かめなきゃいけないこと?」

「うん。僕とルーク、どちらが挑戦者に相応しい力を持つのか」


 え? 表情を固めるルーク。ロイドは会話を続けながら刃を抜いた。よく手入れの施された刀身が、白い光を放った。


「学校での成績なら、わずかに僕がルークを上回っているのかもしれない。けれど純粋な実力で競ったなら、果たしてどちらが勝つんだろうね」

「いや待て。まてまてまてまて」


 平然と刃を抜く友人に、ルークは両手を広げて後ずさった。


「まさかロイと俺で戦って、勝った方が交流試合に出るとか――そういうこと言いだすんじゃないだろうな」

「さすが鋭いね。話が早いよ」

「頭を冷やせって」


 真顔のまま自分を見つめるロイドを前に、ルークは唾をのんだ。


「ロイドだって将来は騎士を目指してるんだろう。これはチャンスじゃないのかよ。こんなところで無駄な体力を使ってる場合じゃないだろ」

「無駄なんかじゃないさ」


 表情こそ硬いままではあった。けれど柔らかい口調で、ロイドは言った。


「僕はルークのことをライバルだと思っている。そんな君に勝たずして、僕は村の代表なんて肩書は背負えない。ルークに勝たなきゃ、僕は胸を張って試合に臨めないんだ」

「ロイ……」

「頼むルーク。僕のために、僕と勝負してくれないかな」


 真剣な眼差しが交錯する。朝の冷たい空気に静寂が流れた。やがて覚悟を決めたように、ルークは拳を握った。


「わかった。勝負しよう」

「――ありがとう。念のために言うけど、手加減なんてしたら承知しないよ」

「当たり前だ。ロイとの真剣勝負に、加減なんかあってたまるか。全力でいく」


 腰につけた刃を捨て、ルークは魔獣の皮で作られたグローブを取り出した。ルークが本気で戦う時にだけ使う“武器”。装着するルークにロイドは小さく頭を下げると、刃を構えた。


 ルールは交流試合と同じく、武器・魔法無制限の一本勝負。


 取り決めと決闘の挨拶を交わし、二人は十歩の距離に向かい合った。


「始め」


 掛け声とともに、勝負の幕は切って落とされた。


 すぐさまロイドは魔法を発動。一秒後の未来を覗く。ルークの拳が顔の正面めがけてとんでくるシーンが浮かんだ。すぐさま身体をずらし、構えを直す。


 次は……と、ロイドは視界に意識を向けた。ルークの蹴りが腹を穿とうとする映像が見えた。だから当然、そういう攻撃が来るのをロイドは読むことができた。


 読むこと自体は、そう、できていたのだ。


 だが速すぎる。わかっていても、身体がついていかない。躱せない。


 これが身体強化の魔法を発動させた――全力のルーク。


「ぐッ……!」


 わずかに回避の体制をとったものの、鋭すぎる蹴りを避けきるには至らず、ロイドの身体は宙に浮いた。4mほど吹き飛んでようやく地面に落ちた。攻撃を受けたロイドはすぐさま体制を立て直そうと試みた。


 しかし膝が震え、身体を起こすのがやっとだった。立ち上がることもままならなかった。


 ロイドが思うよりもはるかに受けたダメージは大きかった。ルークの攻撃は重かったのだ。


 唇を強く噛むことしか、ロイドにはできなかった。そして


「まいった。ルークの勝ちだ」


 絞り出すように、敗北の宣言をした。顔を上げたときには笑顔だった。


「――よかったのかよ。これで」俯くルークに「僕が言い出したことだろ?」ロイドは軽口みたいに言った。


「村の騎士たちにも引けをとらない動きだった。これなら代表を交代したって誰も文句は言わないさ。僕の代わりに交流試合へ出るんだ。カッコいいとこ見せてくれよ。ルーク」

「――」

「たのむよ」

「わかった」


 力強く頷いたルークに、ロイドはまた力なく笑った。


 ずっと実力を競い合えるライバルだと信じていた。でも友の背中は、いつのまにかこんなにも遠く――。


 ルークから差し出された手を取る。込み上げる感情の全部を噛み殺して、それでもロイドは最後まで、笑顔のままでいた。

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