第12話 招集
山々に陽が沈む頃合いになり、村はようやく静けさを取り戻した。
――七時に広場へ。父の言葉を振り返り、ロイドは時計を見た。約束の時刻の十分前。すでに数人が広場に集っていた。
「こんばんは。カレット先生」
集まった者の中で、いちばん身近な人物へロイドは挨拶をした。「こんばんは。ロイドも呼ばれていたのか?」挨拶と疑問を返すカレットに、ロイドは頷いた。
「はい。父からここに来るように、と。先生もですか」
「いや、私たち姉妹は長老から広場へ集まるよう言われたんだ。どうして呼ばれたのかはわからない。ココノが尋ねても、行けばわかるとしか」
少し離れた焚火のそばでココノは腰をかがめていた。無表情に炎を見つめている。見れば集まった他の者も、それぞれ硬い表情を浮かべていた。誰も集められた理由を知らされていないのだろうか。
それにしても……と、ロイドは集まった面々へ緊張の視線を送った。村の騎士団青年部隊隊長、カミル=ロー。“大剣使い”ゲルド=マックヴェル。現役騎士サラ=コルホネン。それにリヴェール姉妹。
村でも指折りの若き実力者がそこに集っていた。自分が呼ばれたのは何かの間違いではないかと、ロイドには思えたほどのメンバーだ。
ロイドにはいよいよわからなくなった。いったい何が始まろうとしているのか。緊張の面持ちで説明を待つ。
定刻を迎えて姿を見せたのは村の騎士団団長、クライヴだった。
「皆、よく集まってくれた」
敬礼する若者たち。ロイドだけが一瞬、手を額に掲げるのが遅れた。父を騎士団の団長として迎えるのは初めての経験だった。
自分へ視線を注ぐ息子に一瞥も向けず、クライヴは口火を切った。
「集まってもらった理由は他でもない。明日に開かれる“交流試合”。村の代表として、君たちに出場を願いたい」
村の代表……それに交流試合? 戸惑う顔の若者たちにもクライヴは表情一つ変えず話を進めた。
「相手はもちろん、いま村に滞在中である“王の騎士団”に所属する騎士一名だ。
試合は一対一の決闘方式。武器と魔法の使用は無制限。無制限とは言っても、相手側の騎士は魔法を使わないと聞いている。武器も正規のものは使用しないそうだ。
無制限の文言はいわばハンディキャップ。君たちのためのルールととってくれて構わない。
そして君たちの勝利条件は、相手の騎士にどんな攻撃でもよいから一撃を入れること。
説明は以上だ。質問があれば受けよう」
ルールそのものはいたって単純。疑問は浮かばなかった。だが聞きたい部分はもっと根本的な部分にあった。当然、それを尋ねる者が出る。
「交流試合って……いったいなんの目的でそんなことを」
「才能の発掘だ」
間も置かずにクライヴは返答した。
「王の騎士団が行う遠征には主に二つの目的がある。一つは新たな避獣石の発見。一つは王国の文明の頒布。それは君たちも知っての通りだ。
だが彼らは遠征の度にそれぞれ特別な任務を負うこともある。“王の騎士に足る資質を持つ人材の発見”。それが今回、村へやってきた第四番遠征部隊の真なる目的なのだ。
つまりはスカウト行為。もしも明日の交流試合で王の騎士を相手に実力を見せつけることができたなら――王の騎士団を目指す者にとって、大きな一歩を踏み出すことになるだろう」
驚嘆の息が、集まった者たちの口から漏れた。大陸に数多く存在する騎士団の中でも、頂点の存在とされる王の騎士団。そこへ入ることは辺境の騎士たちにとって最高の栄誉だ。高揚を抑えきれるはずがない。
選ばれた6人にはチャンスが与えられたのだ。騎士として飛躍を遂げる大きなチャンスが。
「君たちは、それぞれが挑むに相応しい力を持つ者ばかりだ」
クライヴは若者たちの顔を一人一人、見渡して言った。
「その手で栄光を掴め。明日という日は、きっと君たちの人生を変える」
もしも明日、結果を出すことができれば王の騎士団に入れる。ロイドの胸が躍った。夢のような話だと思っていた。でもその夢は明日一度きり、手の届く距離にまでやってくる。
王の騎士団の一員として旅立つ自分の姿が頭に浮かんだ。
だが、その瞬間だった。ロイドの脳裏に――同じく王の騎士団を目指す少年の顔がよぎった。
本当に一瞬のことだ。気にしなければ済むだけの話だった。なのに、ロイドの頭から、ルークという友人の存在が消えなかった。無視できなかった。
クライヴの言葉が甦る。『君たちは、それぞれが挑むに相応しい力を持つ者ばかりだ』
――本当に相応しいのか? 僕は。ルークよりも?
「君たちに意志を問う。明日の交流試合に参加したい者は、意志の表明を」
続けざまに年長者の三人が参加を決めた。考え込むような顔をしていたカレットが、少し遅れて参加の意志を示した。
残るはロイドとココノ。未成年の二人だけ。ロイドはしばし俯いていたが、やがて何かを決意したかのように「団長」と言って顔を上げた。
「出場者のリストは、もう先方に伝えられているのでしょうか」
「いや、交流試合の直前に伝える約束になっている。なぜそのような事を聞く?
――ここに集まった人間の他に、推したい者でもいるのか」
意図を汲んだクライヴに、ロイドは小さく頷いた。その者の名は? クライヴが問う。
「ルーク=エイル」
ロイドは友人であり、ライバルと認める少年の名前を口にした。
「ルークか……ふむ」
呟きながらクライヴは記憶をたどった。騎士としての資質が高いとみられる未成年者を挙げたリストには、ロイドに次ぐ位置に名前のあった少年だ。最後は総合成績を参考に村の騎士団がロイドを選んだ。
しかし普段の彼らを見ている担任教師のマヤは、最後までロイドかルーク、どちらを推すか迷っていた。
「ロイド。ルークは、君よりも王の騎士に近い者だと思うのか」
クライヴの問いに「わかりません」とロイドははっきり言った。
「ですが、わからないからこそ確かめたいのです。僕とルーク。どちらが挑むに相応しいか」
非常に良く通る、はっきりとした口調でロイドは“意志を示した”。クライヴは探るようにロイドを見ていたが、やがて「良いだろう」と頷いた。
「その眼で確かめてくるといい。明日の9時には、結果を報告するように」
言葉もなく、ロイドは頭を下げた。
クライヴの視線が残る一人へと向かう。ココノはちらりとロイドへ視線をやると、閉ざしていた口を開いた。
「ココノ=リヴェール。交流試合に参加します」
最後の一人が意志を示し、集会は解散となった。燃えつきはじめた焚き木の爆ぜる音だけが、無人の広場に残っていた。
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