第11話 王の騎士団

 迎えたその日は村中が落ち着かなかった。日が昇る前から、大人たちは慌ただしく準備を進めていた。広場にはセレモニーを執り行うための飾り付けがなされ、宴席の舞台が整えられた。


 “王の騎士団”第四番部隊による遠征。3年ぶりに、王国からの使者が村へとやってくる。


「果物狩りが前倒しになったのはそういうわけだったんだね」


 村の北口に集まった民衆の中、ココノがふぅ、とため息をついた。


「村の子供たちが獲った果物です! って出すと聞こえもいいし。大人の事情も複雑だね」


「こら、ココノ」邪推する妹をカレットが叱った。


「大切なお客様が見えるんだ。失礼なことを口にしてはいけない」


「はーい」いい加減な返事と一緒にココノは欠伸をした。朝早くから準備を手伝わされたココノは微妙に機嫌が悪かった。


「朝からよく手伝いを頑張ってくれたな。お爺様があとでお小遣いをくださるそうだ。午後には一緒に市へ出よう」

「! そうだった! 久しぶりにお買い物ができるんだった!」


 手のひらを返したようにココノは背筋を伸ばした。変わり身の早い妹にカレットは思わず苦笑いを浮かべた。


 ちなみにココノの言う“お買い物”とは王の騎士団による物資供給のことを指している。遠征の目的には、王国の先進的な技術・物資・文化を広めることが一つとして挙げられる。交流も兼ねて、午後には市が開かれるのだという。そこで売られるものは武器や書物、食べ物、衣服やアクセサリーに至るまで多岐に渡る。


「いま王国ではどんな服が流行ってるのかなぁ? 靴も可愛いのが欲しいなー♪

 ね、ね、お兄ちゃん。お兄ちゃんも一緒に行こうね」


「……」ぎゅっと腕をからめるココノにも、ルークは無言だった。瞬きもせずに村の外へつながる道の先を見つめている。


「どうしたの? お兄ちゃん」

「――王の騎士団がそろそろ到着するころだ。できるだけ近くで見たい。もっと前に行ってくる!」


「あ、ちょっと」ココノの静止も聞かずルークは人の間を縫っていった。一緒に来たリヴェール姉妹を残し、少年はあっという間に人混みの向こうへ消えた。


「相変わらずだな。ルークは」


 カレットはため息を吐きながらも、微笑ましく少年の背中を見送った。王の騎士団に入るんだ。それで外の世界をどこまでも探検するんだ。幼いころ、耳にタコができるほど聞いたルークの“夢”がカレットの頭に浮かんだ。


「昔から熱狂的なファンだもんね。でもああいう子供っぽいとこも可愛いんだよねー」

「! ココノもそう思うか?」

「あ、お姉ちゃんも?」

「そうなんだ! 普段は斜に構えているくせに、王の騎士団のことになると急に子供みたいにはしゃぐんだ、ルークは。他にも……」


 女子トークに花を咲かせる姉妹なのであった。


 一方でルークは列の最前線まで来ていた。


 蹄の音が近づく。もうすぐだ。もうすぐ会える。ルークは食い入るように道の先を見た。


 先頭に見えたのは、鎧に身を包む女性の騎士だった。胸に金のエンブレムをつけている。


 ルークはいっそう目を剥いて注目した。


 ――あの女の人が隊長か! ニ十歳すぎくらいかな。若いのにすげえな! カッコいい! そんでそんで……あのガタイのいい男の騎士が副隊長か。銀のエンブレムがついてるし。強そうだなぁ。背負ってる武器は斧かな? 続く二人は顔がそっくりだ。双子かな。腰にあるのは剣じゃないな。鞭のように見える。もしかして魔獣遣い? っ! この馬全部を二人で操ってるのか。半端じゃねえ! 荷車は三台……四台か。他には――。


 ルークのハマりっぷりはもはやマニアに近かった。


 熱狂的な声援と、一部少年の熱烈な視線を浴びながら一団は入村を完了させた。


「ようこそお越しくださった」


 迎えたのはリヴェール姉妹の祖父にあたり、村の長老を務める老人。ノア=リヴェールその人だ。脇には村の騎士団団長、クライヴ=パストールが控えている。


 二人を前に、軍の先頭を進んでいた女性は馬を降りた。深紅の髪がさらりと風になびく。


「盛大な出迎え、恐れ入る。私はグランシア国第四番部隊隊長、シャロン=アルエ。二日という短い間ではあるが、世話になる」


 シャロンが敬礼。それに合わせるように、背後を固める騎士たちが一斉の敬礼。バッ! という音が重なって聞こえた。


 か、かっこいい……ッ!


 村人たちから歓声が沸いた。ひときわ大きな声を上げていたのは、先頭で拳を突き上げるルーク少年だった。




「お兄ちゃーん。迎えにきたよー。一緒にお買い物いこー?」

「おー、行ってやる行ってやる」


 ココノの呼び声に、ルークは朗らかな返事とともに戸口に現れた。気持ちが悪いくらい上機嫌だった。こんなルークは久しぶりに見る。ココノは隣のカレットと顔を見合わせた。


「付き合わせてすまないな。ルークは何か買う予定のものはあるのか?」

「いや、特に考えてないよ。欲しいものが見つかれば別だけど。そんなことより市で騎士の話を聞くのが楽しみだ……っ」

「そ、そうか」


 徹頭徹尾、ルークの嗜好は筋金入りだった。


「じゃ、じゃあだな。ルーク。もし時間があったら、頼みたいことがあるんだ」


 たどたどしい口調でカレットが切り出す。「いーよ姉ちゃん。何でも言って」ルークは何にも考えずに安請け合いをした。


「実はな。せっかく王国のものが手に入る機会だし、リボンを新調しようと思うのだ。それで、どんなものが私に似合うか……ルークに選んでほしいのだ」

「いいよそのくらい。見る見る」

「本当か? よかった! 約束だからなっ」


 不安げだったカレットの顔がぱっと明るくなる。

 そして同時に顔色を変えたのは、やりとりを見ていた妹だった。


 まさか恥ずかしがり屋のお姉ちゃんがこんなタイミングで攻めるとは……。カレットの意外な攻勢に、ココノは言葉を失った。


 けれど放っておくわけにはいかない。放っておけば、ある意味で姉とルークがひとつのエンディングを迎えてしまう可能性もある。


 そうはさせるものか。ルークのルートはわたし一択だ! 高速で気持ちを切り替えて思考を巡らせるココノ。


「――じゃあお兄ちゃん。わたしも選んでほしいものがあるんだけどなー?」


 上目づかいで言うと、上機嫌のルークはやはり「いーよいーよ」と鼻歌混じりに返した。


 よし。言質をとったよ。騎士たる者、交わした約束はもう破れないんだからね?


 にひひ、とココノは怪しく微笑んだ。



 

 広場に開かれた市は祭のごとく賑わっていた。


 どの店にも群がる人、人。村中の人間がここに集まっているんじゃないだろうか。そんな風にさえルークは思った。


 人込みから覗く店先に視線を送ってみる。非常に小型の弓や、薄い刃の剣が並べられているのが見えた。凄く軽そうだ。持ち運ぶのに便利だろうな。ルークは足を止めて首を伸ばした。


「お兄ちゃん。そんなのいいから行くよ」いつのまにか手をとっていたココノがルークを急かした。


「いやココノ。この店の武器もけっこう見ものだぞ。お前に馴染むナイフもあるんじゃないのか」

「ナイフなんてどーでもいいの。ほら早く早く! いいの売り切れちゃう」


 愛用する武器を「どーでもいい」の一言で切り捨て、ココノは腕を引っ張った。


 ? ルークは疑問符を浮かべたままココノの後についた。見ればカレットもそわそわした顔つきで明後日の方を向いていた。珍しい道具が並んでいるのに興味がわかないのだろうか。男の子の発想をするルークには、二人の無関心が理解できなかった。


 少し歩いて、リヴェール姉妹は足を止めた。着いたのは、さきほどの武器屋とはまた違った賑わいを見せる店だった。集まっている客のほとんどが女性。それもほとんどが十代あるいは二十代の前半に集中している。


「この店は主に若い女子の衣服や小物を揃えているんだ。ここで、ルーク……その」

「ああ、リボン選ぶんだったね」


 こくん、と頷くカレット。そしてはにかむような笑顔を見せた。他に興味を引くものもたくさんあっただろう。けれどルークは約束をちゃんと覚えていてくれた。カレットにはそれが嬉しかった。


「どれにしようか。私は明るめの色が好きなんだが。ルークはどう思う?」

「ん……ごめん。正直イメージがわかない。実際につけてるのを見せてくれたらなんとか」

「そうか。じゃあ試着してみるから、少し待ってくれ」


 カレットは後ろ手を伸ばすと、結っているリボンをしゅるりと解いた。そして白に花柄のリボンに付け替える。


 艶のある茶色の髪に白の布地が映えた。


「ど、どうだ。ルーク」


「――」視線をカレットに釘づけたまま、ルークは立ち尽くしていた。似合う、とか綺麗、という月並みな感想は浮かんだが、それでは言葉が足りないと思った。なんて言えばいいかわからない。少年は目をそらさずにいるので精一杯だった。


「? ルーク」

「ご、ごめん姉ちゃん。うまく言えないけど、すごく……いい、と思う。似合ってるよ」

「本当か? ――ありがとう。嬉しい」


 消え入りそうな声を出すと、カレットは目を細めた。そんなやりとりの折だった。


「お兄ちゃんこっち向いて」


 割り込んで入ってきた声に、ルークは意識せず顔を向けた。明るいピンク色が目の前いっぱいに広がっていた。


 何だこれ。少し下がって全体を見る。三角形の布。あしらわれたリボン。どこからどう見てもそれは女子の下着だった。またの名をパンツともいう。


 それをココノが広げてルークの眼前に寄せていた。


「ねー、お兄ちゃん。これわたしに似合うかなぁ?」


 絶、句。さきほどとはまた別の意味でルークは言葉を失った。「な、な、ななななっ!」沈黙を裂いたのはゆで蛸みたいに顔を紅くしたカレットだった。


「ココノっ! 悪ふざけにも限度というものがあるだろうっ! と、年頃の女子が自分のつける下着を見せびらかすものじゃないっ!」

「えー? でもお兄ちゃん、なんでも選んでくれるって言ったもん。ね? お兄ちゃん」


 と、ココノは勝ち誇った顔。姉がリボンを選ばせたのに対し、自分が選ばせたのは下着。勝負ありでしょこれは、みたいなにやけ顔だった。勝敗の基準は全くの不明だが。


「じゃあパンツが駄目なら上でもいいんだよ。最近ね。わたしもちょっとは成長したから、そろそろ胸あても必要かな? 必要になっちゃったかなぁ~? なんて思ってたところなの。こっちにせくしーなのがあったから試しに……」


 ココノが手を伸ばす。こつん、と小さな手が別の手と当たった。


「あ……ごめんなさい」

「――フラン?」

「? って……ッ! ルークっ!?」


 素っ頓狂な裏声の主はフランチェスカだった。手にはサイズの大きな胸当てが握られていた。


「ど、どどっどうしてあなたがこの店にいるのよ……ッ! ここはあなたのような、だ、男子が来るようなお店じゃないでしょう!?」

「わ、悪い」


 思わずルークは謝ってしまった。謝ってしまいながらも、視線は自然とフランチェスカの手に握られたモノへと移っていた。こんなサイズの胸当てが必要なほどのバディを……目の前の少女は持ち合わせているとでもいうのか?


 赤面するルーク。そして何かを悟ったのか、フランは両腕で胸の辺りを隠した。


「見ないで! 想像するのも駄目よ!? 私たちはただの同級生なのだし……そ、そういう関係になるまでは我慢をして頂戴!」

「そういう関係になるまで?」


 ピキィ、と空気に亀裂が入ったのをルークは肌で感じた。少年の隣でココノが口角をひきつらせていた。


「そのだらしないおっぱいをひっこめなよおねえちゃん」次の瞬間、つぶらで可憐な口から飛び出たのはかつてない鋭さの暴言だった。


「おっきな胸当てなんか見せびらかしちゃって。自己主張の強い女の子は男の子に受けないんだよ?」


 いやそれをお前が言うのか? もちろんルークは突っ込みたいところだったが、無理だった。とても口を挟める空気ではなかった。


「き、聞き捨てならないわね。あなた私よりも年下よね? 上級生に対する口の利き方がなっていないのではなくて? そ、それにルークだって年頃の男性。あなたのようなお子様よりも、成熟した女性の身体に興味をもつはずだわ」


 口の利き方の話はどこ行った? 論点は思い切り脱線していたが、それでも二人の喧嘩は激しさを増すばかり。ココノは「ふん!」と鼻を鳴らすと、ルークの腕に身体を押し付けた。


「残念だったねおねえちゃん。お兄ちゃんは小ぶりなおっぱいが好みなのよ」

「だからそれはどっちでも……」

「しかも小さい子にしか興味ないんだから!」

「いや言ってねえぞ!?」


 特大の爆弾が投下され、驚愕の叫びをあげるルーク。と、フランチェスカ。と、今まで傍観に甘んじていたカレット。「な、なんてこと!」女子二人がルークへと詰め寄る。


「ルーク! お前そういう趣味があったのか!? お姉ちゃんは許さないぞ!」

「ふみこんでいい領域といけない領域があるのよ! ルーク!」

「――あーっ!! もう落ち着いてくれ一回! 全員だ全員ッ!」


 少年の中で何かが弾けた。ルークはへばりつくココノをひっぺがすと、ドスの利いた声で耳打ちをした。


「あんまり汚い言葉づかいをする女の子は好みじゃないな。俺」


「……!」表情を固めるココノを置いて、今度はフランチェスカの方へと詰め寄る。


「子供相手にそう意地になることもないだろ。寛大な女性は魅力的だと思わないか?」


「――っ!」口をつぐんで俯くフランチェスカ。ルークは無言で頷くと、二人の間を抜けた。ココノとフランチェスカが向き合う格好になる。


「――ごめんなさい、おねえちゃん。失礼なこと言っちゃって」

「――こちらこそ大きな声を出してごめんなさいね。仲直りをしましょう」


 ひきつった笑顔で手を結ぶ二人。ルークはようやくほっと一息をついた。


「よかった。これで一件落着だな。姉ちゃん」


 ……。カレットは言葉を返せなかった。ルークはなにひとつ計算して喋ってなどいない。それが逆に恐ろしかった。いわゆる天性のジゴロというやつ。カレットは少年の持つ才能の片鱗を見た気がした。





「どの店も賑わっているようだな」


 ルークたちが騒ぐ場所から少し離れた往来にて。遠征部隊隊長シャロンは満足げに市の様子を見て回っていた。


「村人一同、この日を心待ちにしておりましたから」案内人として同行したクライヴは小さく頭を下げて応じた。


「貴重な品の数々をもたらしていただき、感謝をしております」


「礼には及ばないさ。クライヴ団長」ざっくばらんな言葉を返すと、シャロンは市に集う人々を見渡した。


「得がたいものを欲するのなら、こちらもそれなりの品を用意するのは当然のこと。あなた方が我々の到着を待ちわびてくれたように、私たち騎士団もまたこの日を楽しみにしてきたのだよ。

 今から待ち遠しい。明日に控える――メインイベントの開催がね」


 村人たちを見渡すと、シャロンは薄く微笑んだ。そんなシャロンに、クライヴは何も言わずただ会釈だけを返した。

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